未来と孤独と救い――6
「…………っ!」
セシリアの微笑みが不意に歪む。
セシリアが右手の甲を押さえた。そこから血が流れている。どうやら、トロッコから投げ出された際、どこかにぶつけてしまったらしい。
上着の袖で涙を拭い、俺は頭を下げた。
「すまぬ。庇いきれなかったようだ」
「あ、頭を上げてください、イサム様!」
「しかし……」
眉を下げる俺に、慌てた様子で両手を振り、セシリアが苦笑する。
「平気です。すぐに治りますから」
言葉の意味がわからず首を傾げていると、セシリアの右手の甲が、淡い緑色の光に包まれた。
光に包まれるなか、流れていた血が引き、赤く爛れていた皮膚が、滑らかな白肌に戻っていく。傷が癒えているのだ。
「『聖母の加護』か!」
『聖母の加護』とは、マリーの特殊能力。魔力の消費と引き替えに、味方の傷を自動的に癒やす、最高峰の治癒能力だ。
元通りになった右手の甲を見せながら、「はい」とセシリアが目を細める。
「ご先祖様からいただいたようなんです」
「『聖母の加護』は、ロランとマリーの子孫に受け継がれているということか?」
「いえ。どうやらわたしだけが特別みたいでして……マリー様の血が、濃く現れたのかもしれません」
『マリーの血が濃く現れた』か。言い得て妙だ。セシリアはマリーにそっくりなのだから。マリーの生き写しのようなのだから。
感じ入っていると、セシリアの微笑みが悲しげなものに変わった。
「嬉しいことなんですけど、この力を狙う方もいるみたいです」
「先の輩のことか」
セシリアが頷く。
「言葉の訛りから、おそらく、北東の街『パンデム』に住む方だったと思われます。いつもは撃退しているんですけど、今日は『魔導兵装』がなくて……イサム様が助けてくださらなければ、さらわれているところでした」
「傷つけられようとしている者が目の前にいたのだ。見捨てようものならば、友たちが化けて叱りにくるだろう」
「ふふっ。イサム様はお優しい方です」
陰っていた表情を明るくして、セシリアが俺の手を取った。
「行きましょう、イサム様。わたしたちのお家にご案内します」
セシリアが俺の手を引いて歩き出す。
華奢な背中を眺めながら、俺はセシリアの言葉を思い返した。
――いつもは撃退しているんですけど、今日は『魔導兵装』がなくて……。
どうやらセシリアは日常的に狙われているらしい。
武器と思われる、『魔導兵装』とやらを振るわなければ、今日のようにさらわれてしまうらしい。
平和な世になったにもかかわらず、友たちが平和を築いたにもかかわらず、友たちの子孫は、危険に見舞われている。
そのようなこと、あっていいはずがない。
俺はセシリアの手をキュッと強く握る。
セシリアが振り返り、小首を傾げた。
「どうかされました?」
「いや、誓いを立てただけだ」
言葉の意味がわからないようで、セシリアは、コテン、と首を反対側に傾ける。
愛らしい仕草に笑みをこぼし、俺は夜空を見上げた。
決めた。
ロランよ、マリーよ、俺は決めたぞ。
お前たちの子孫は――セシリアは俺が守る。俺の一生を賭して守り抜いてみせる。
それが、俺を救ってくれたお前たちへの。
それが、俺を救ってくれたこの優しい子への。
せめてもの、礼だ。