真相と大悪と修羅――9
「終わりです!」
ヴァリスが勝ち誇る。
俺は言った。
「甘い」
丹田で魂力を練り、全身にまとわせる。
重かった体が軽くなった。否、身体能力が上昇した分、軽くなったように感じたのだ。
『剛』――膂力を上げる武技により、俺は重力の増加に抗ったのだ。
剛により引き上げられた膂力は、重力の増加を無視した。それだけに留まらず、さらなる速度を俺にもたらす。
石弾が俺を握りつぶすように迫りきた。
俺は刀を振るう。
斬、斬、斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬!!
瞬きのあいだに一〇〇を越える剣戟を繰り出し、石弾を塵へと変えた。
増加した重力をものともせず、タン、と軽やかに着地した俺を見て、ヴァリスが頬を引きつらせる。
「バケモノめ……!!」
おののくヴァリスは、それでも虚勢をはった。
「で、ですが、あなたに私は倒せない! 近づくことすら敵わない! 力尽きるまで攻め立ててあげましょう!」
「そうだな。俺にお前を仕留める手立てはない」
俺は刀を鞘に収める。
諦めたからではない。
勝つためにだ。
「いまのままでは、な」
右脚を前に、左脚を後ろに。
鞘を左手で握り、右手を柄にかける。
一呼吸。
「秘剣の二――『一文字』」
抜刀。
刹那の閃き。
神速の剣が走った。
ヴァリスが息をのみ、警戒を強める。
静まり返る研究室。
それから四秒。
ヴァリスが怪訝そうに眉をひそめた。
「……なにも起きない?」
俺は答えず、残心の姿勢を取り続ける。
強張っていたヴァリスの顔に、余裕が戻ってきた。
「……は、ははっ、ははははははははっ!! なんだ、はったりですか! 心配して損しましたよ!」
ヴァリスの笑い声が響くなか、俺は姿勢を戻し、血振りの動作をする。
「結局、為す術はないようですねぇ!! はったりに頼らなければいけないなんて――」
「なにを言っている?」
ヴァリスの笑い声が止まった。
「はったりなどではない。俺は斬ったぞ」
「は?」
直後、地響き。
同時、俺は着地した。
研究室の床に。
「は?」
ヴァリスが再び戸惑いの声を漏らす。
当然だろう。重力の変化から、俺が解放されたのだから。
呆然とするヴァリスに、俺は指摘する。
「お前はベモスを超えていると言ったが、それこそがはったりだろう?」
「そ、そのようなこと……」
「重力の向きや強さを操りながらも、お前は終始、魔導兵装に頼っていた。『大地掌握』を、石弾の軌道を曲げることにしか用いていなかった」
もしベモスなら、この研究室の壁や天井を操り、俺を押しつぶそうとしただろう。
ヴァリスの戦法は小細工が過ぎるのだ。審眼で確かめたところ、魔力量も少なすぎる。ベモスの一〇分の一にも満たない。
ヴァリスはベモスを超えてなどいない。それどころか足元にも及ばない。ベモスより遙かに格下だ。
では、ベモスにもできなかった重力操作を、どうしてヴァリスはできるのか?
「この研究室にはエリュが入り浸っていた。お前はエリュを洗脳していた。だから、お前はエリュを利用して、研究室を改造したのだ」
ヴァリスの肩が跳ねる。
その反応が示していた。重力操作のタネはこの研究室にある、と。
ホークヴァン魔導学校の演習場のように、この研究室は魔導具になっているのだ。
重力操作は、この研究室に組み込まれた術式なのだ。
それさえわかれば対処は容易い。研究室を機能不全に陥らせるだけでいい。
だから、斬った。
地響きが音量を増し、研究室が揺れはじめる。
ヴァリスが唇をわななかせた。
「ま、まさか……あなたが斬ったのは……」
「そうだ」
研究室の天井に裂け目が走った。
俺は答える。
「この屋敷そのものだ」
裂け目が広がり、入り口付近の天井が崩れ落ちた。




