未来と孤独と救い――5
刀を軽やかに振るって、左腕に抱えた女性の、手足を縛る紐を断つ。
「大事はないか?」
「は、はい、ありがとうございます」
「構わん」
俺は女性へと目をやる。投げ出された弾みか、彼女の頭にかぶせられていた袋はどこかに消えていた。
俺は言葉を失った。
陽光を織ったような、ゴールデンブロンドのハーフアップ。
エメラルドの如き、丸い翠眼。
ホットミルクのような、優しい白さの艶肌。
タンポポのように柔和な、笑顔の似合う顔立ち。
豊かな胸元をした、中背の細身。
俺のひとつ年下だった――二〇歳だった彼女より三歳ほど幼くは見えるが、少女はまさに、彼女の生き写しだった。
思わず呟く。
「……マリー?」
俺が驚くのも無理はない。彼女は、ラゴラボスの『時縛大呪』によって分かたれた友と――マリーと瓜二つなのだから。
俺の呟きを耳にして、マリーそっくりの少女が息をのむ。
少女は俺を見つめ、クリクリした目をさらに大きくした。
「黒いざんばら髪……黒い切れ長の目……そして、一振りの刀!」
俺の特徴ひとつひとつを噛みしめるように確かめ、少女がキュッと唇を引き結んだ。
「ついに、おいでになったのですね……!」
少女が身を起こし、俺の腕から離れ、地面に膝をつき、恭しく頭を垂れた。
「お待ちしておりました、イサム様」
「俺を、知っているのか?」
未来に来てから一度も呼ばれていなかった、すでに忘れ去られていたのだろう、自分の名を呼ばれ、俺は声を掠れさせる。
少女が顔を上げ、王に謁見するような神妙さで頷いた。
「はい。わたしはセシリア=デュラム。『勇者』ロラン=デュラムと、『聖女』マリー=イブリールの子孫です」
「ロランと、マリーの……」
友の子孫との出会いに、俺は茫然自失とする。
ふたりの友との思い出が脳裏を過ぎゆくなか、俺は震える唇を開いた。
「『待っていた』と言ったな。どのような意味だ?」
「言葉通りの意味です。わたしたちデュラム家の者は、ずっとあなたをお待ちしていたのです。先祖に託された使命のために」
セシリアが語る。
「わたしたちは先祖――ロランとマリーから、申し渡しをされていました。『百年先。千年先。一万年先。いつになるかはわかりませんが、時を超えて私たちの仲間が訪れるでしょう』」
セシリアの語る話を、俺は刻みつけるように傾聴する。
「『彼は私たちの恩人にして平和の礎。私たちもこの世界も彼に救われました。だからこそ、彼が訪れたとき、その恩を返しなさい』」
知らず握りしめていた両手が震える。
「『様変わりした世界に彼は戸惑うでしょう。どう生きていけばいいか悩むでしょう。ですから、私たちが支えるのです。今度は私たちが助けるのです。彼が、平和な時を過ごせるように』」
目頭が熱くなる。
「イサム様。ロランとマリーから言伝がございます」
セシリアが、花びらのように可憐な唇をほころばせた。
「『ありがとう、イサム。最愛なる友よ』」
ああ。
そうか。
そうだったのか。
ロラン、マリー。お前たちは、俺を気にかけてくれていたのか。
もう二度と会えないにもかかわらず、俺を慮ってくれていたのか。
ああ。
そうか。
そうだったのか。
俺の頬を涙が伝う。
「俺は、独りではなかったのか……!!」
友たちは、ずっと俺を思ってくれていたのだ。
「こんなに嬉しいことはない……!!」
次から次へと涙が溢れてくる。顔をクシャリとさせて、俺は声を詰まらせた。
セシリアが、涙する俺を優しく見守ってくれていた。