真相と大悪と修羅――3
闇に沈んでいた意識が浮上していく。
わたし――セシリア=デュラムはまぶたを開けた。
まず視界に映ったのは、床に散乱した、作りかけの魔導兵装や、魔導兵装の設計図。壁際には、本棚や工具・機材が設けられている。
寝起きの頭はぼんやりしており、ここがベルモット准教授の研究室だと理解するのに、たっぷり一〇秒は要した。
やがて頭の靄が晴れ、わたしは疑問を得る。
「どうしてわたしは、ベルモット准教授の研究室にいるんでしょう?」
たしかわたしは、ホークヴァン魔導学校でイサム様の授業を受けていたはずだ。
それなのに、なぜ?
順を追って思い出す。
イサム様の授業中、ベルモット准教授が襲いかかってきた。
ベルモット准教授は顕魔兵装に体を乗っ取られていて、元凶はマルクール教授だった。
わたしはイサム様と協力してベルモット准教授を助けた。
マルクール教授を止めるため、イサム様が演習場に向かった。
わたしたち2―Sの生徒は、ベルモット准教授の誘導で避難した。
それから……それから?
そこから先の記憶がない。
わたしは眉をひそめ、手がかりを得るために研究室を探ろうとした。
できなかった。
動けなかった。
わたしの両手足に枷がはめられ、壁に繋がれていたからだ。
え? なにがどうなっているんですか?
わたしの頭を混乱が支配する。
そのとき、向こう側にある、研究室の扉が開いた。
「おや? 目が覚めてしまいましたか」
入ってきたのはベルモット准教授だ。
わたしは口を開く。
「ベルモット准教授? 一体――」
どうしてわたしたちはここにいるんですか?
いつの間にわたしたちはここに来たんですか?
どうしてわたしは枷を嵌められているんですか?
マルクール教授は止められたんですか?
それらの答えを求めようとして――わたしは言葉をのむ。
気づいたのだ。
ベルモット准教授が、酷く邪な表情をしていることに。蟻を潰す悪童のような、残虐な表情をしていることに。
ベルモット准教授は言った。『目が覚めてしまいましたか』と。その口ぶりが意味するのは、『わたしが目覚めたのが不都合だ』ということ。
まさか……。
わたしは掠れた声で訊く。
「わたしをここに連れてきたのは、わたしに枷を嵌めたのは、あなたなんですか?」
「ええ。そうですよ」
ベルモット准教授が唇を歪めながら答えた。
『なぜ?』
その単語が頭を埋め尽くす。
多すぎる疑問がグルグルと頭を巡る。
「なにが起きているのかわからない――そんな表情ですね」
狼狽するわたしを面白がるように、ベルモット准教授がクツクツと喉を鳴らす。
「ひとつひとつ教えて差し上げますよ。きみへの手向けとして」
不穏な前置きをしてから、ベルモット准教授が明かした。
「エリュ教授は私の手駒です」
「……え?」
「操っていたのですよ。洗脳の魔導具を用いて」
衝撃的な事実にわたしは絶句する。
「顕魔兵装をかたちにするには、どうしてもエリュ教授の頭脳が必要でしてね。大変でしたよ。あのじゃじゃ馬の面倒を見るのも、最新の設備を揃えるのも」
ベルモット准教授が嘆息した。
マルクール教授がベルモット准教授の研究室に入り浸っているのは、最新の設備が揃っているからだ。わたしはそう考えていた。
違う。
順番が逆だった。
ベルモット准教授は、マルクール教授を手元に呼び込むために、手元に呼び込んで洗脳するために、最新の設備を揃えたのだ。
「それから、きみを捕らえたのは、私の目的そのものだからです。まったくもって苦労しましたよ。おとなしく誘拐されてくれれば楽だったのですが」
「まさか……わたしを誘拐しようとしていたのは……」
「ええ。私です」
わたしは愕然とした。
ベルモット准教授の視線がわたしを舐る。
「これでようやく悲願を果たせそうです」
獲物をのみ込もうとする蛇のような目だった。
背筋に走る怖気を堪え、わたしはベルモット准教授を睨み付ける。
「マルクール教授を操ったり、顕魔兵装を作成させたり、生徒たちを襲ったり、わたしを誘拐したり……なぜそんなことをするんですか!?」
突き刺すようなわたしの視線を平然と受け止め、ベルモット准教授はニタリと笑った。
「私が『魔の血統』――人間でありながら魔族の血を継ぐ者だからですよ」




