真相と大悪と修羅――2
言いながら、俺は激憤を覚えていた。
エリュは人々の役に立てることを喜んでいたのだ。そんなエリュに生徒たちを襲わせるなど、鬼畜の所業としか言えぬ。
許せん。
絶対に許せん。
腹の底でグツグツと怒りが煮え立つ。
俺はギリッと拳を握りしめた。
「だとしたら、真犯人は誰なのでしょうか? なにが目的でエリュ教授を操っていたのでしょうか? どのような手段を用いて、エリュ教授の片眼鏡をすり替えたのでしょうか?」
顎に手を当てて、スキールが考え込む。
理性の限りを尽くして激情を抑え込み、俺も黙考した。
おそらく真犯人の目的は、『エリュに顕魔兵装を作成させること』だろう。
エリュは魔導具・魔導兵装開発の天才。魔技師界の第一人者。その卓越した頭脳を顕魔兵装の作成にあてさせるため、真犯人はエリュを操っていたのだ。
そのためにはエリュの片眼鏡をすり替えねばならない。また、顕魔兵装の材料を集める必要もある。
それらを実行できるのは誰だ?
思考に浸かり、真相を求め――俺は気づいた。
「ヴァリスだ」
「……私もそう思います」
俺が導きだした結論に、スキールが渋い顔で同意する。
「エリュ教授はヴァリス准教授の研究室に籠もっていました。片眼鏡をすり替えるチャンスはいくらでもあったでしょう」
「加えて、ヴァリスは魔技師科の准教授だ。魔導具開発のためと偽り、顕魔兵装の材料を集めることもできただろう」
俺は振り返る。
ヴァリスは俺とスキールにこう知らせた。
――実は昨晩、ホークヴァン魔導学校の近くで魔族を目撃したんです。
――魔族は何者かと接触していました。詳しく調べることはできませんでしたが、おそらく取引していたと思われます。
その後、エリュが犯行に及んだ。そのため俺は、『魔族と取引していたのはエリュだ』と考えた。
そう誤認させることが、ヴァリスの狙いだったのだ。
ヴァリスはバイパー・ダンサーに操られていた。
――違うんです! この剣が勝手に……!!
その後エリュが、ヴァリスにバイパー・ダンサーを渡したのは自分だと告げた。そのため俺は、『エリュは加害者で、ヴァリスは被害者だ』と考えた。
そう誤認させることが、ヴァリスの狙いだったのだ。
俺は歯噛みする。
まんまと騙された。すべて、ヴァリスの手のひらの上だったのだな。
俺が憤慨するなか、スキールが眉を上げる。
「一刻も早くヴァリス准教授を捕らえましょう。彼は生徒たちの避難誘導をしているのですよね?」
「ああ。奴は2―Sの生徒たちを――」
そこまで口にして、俺はハッとした。
2―Sの生徒たちを?
いままでの出来事が、記憶の底から浮かび上がってくる。
――言葉の訛りから、おそらく、北東の街『パンデム』に住む方だったと思われます。いつもは撃退しているんですけど、今日は『魔導兵装』がなくて……イサム様が助けてくださらなければ、さらわれているところでした。
俺がこの時代に飛ばされた日、セシリアはパンデムの者に誘拐されそうになっていた。
――ええ。エリュ教授のリクエストで、彼にはパンデムから魔石を仕入れてもらっているんです。エリュ教授曰く、パンデムの魔石は良質とのことでして。
俺がベルモット家を訪れた日、ヴァリスはパンデムに使者を送っていると明かした。
――2―Sの生徒たちは私が避難させます! エリュ教授を止めてください!
俺がバイパー・ダンサーを破壊したとき、ヴァリスは生徒たちの避難誘導を、自ら進んで引き受けた。
頭のなかで、それらの出来事が繋がっていく。
セシリアの誘拐犯はパンデムの者。
ヴァリスはパンデムと繋がりがある。
ヴァリスはエリュとの戦闘を俺に任せ、2―Sの生徒たちの避難誘導を買って出た――俺とセシリアを引き離した。
繋がった出来事はひとつの絵を描き、俺に真実を知らせた。
ヴァリスの真の目的は、セシリアだ。
途端、激情。
視界が赤く染まる。
腹の底で熱塊が暴れ回る。
全身の血が沸騰したような錯覚。
いままで感じたことがないほどの憤怒。
「急いで警察に連絡を――」
「いらぬ」
スキールが口をつぐんだ。
顔中を冷や汗まみれにしながら、スキールが唾をのむ。
スキールは畏れていた。
修羅の形相をする、俺を。
「俺ひとりで事足りる」
声すらも発せないスキールを置いて、俺は校長室をあとにした。
警察など必要ない。
警察などいてはならない。
ヴァリスはこの手で裁かなければ、俺の気が済まないのだから。




