混乱と裏切りと戸惑い――9
「いい出来だとは思ってたけど、まさか『剣聖』を倒せるとはねぇ。ホント、顕魔兵装は世紀の大発明だ!」
エリュが意気揚々と万歳する。
「性能は確認できた。実戦投入も可能だろう。満足満足」
「さて」とエリュが踵を返した。
「行こうか、エヴィル・クリムゾン。今度は戦場で力を振るってもらうからね」
エリュがエヴィル・クリムゾンに呼びかける。
エヴィル・クリムゾンは動かない。火の海に佇んでいた。
「なにしてるの? 行くよ、エヴィル・クリムゾン」
エリュがエヴィル・クリムゾンに呼びかける。
エヴィル・クリムゾンは動かない。火の海に佇んでいた。
「……エヴィル・クリムゾン?」
エリュが怪訝そうに首を傾げる。
「秘剣の六――『空蝉』」
エヴィル・クリムゾンの正中線に切創が走ったのはそのときだ。
エヴィル・クリムゾンの右半身と左半身が、ズレる。
「…………え?」
エリュが呆然と呟いた。
エヴィル・クリムゾンの巨体が、斬り開かれた果実のように左右に分かれ、消滅する。
エヴィル・クリムゾンの中心にあった、逆三角形の器具が分断され、地面に落ちて乾いた音を立てた。
エリュの瞳が、エヴィル・クリムゾンの先にいた俺を捉える。
顔にも、体にも、衣服にも、一切の傷を負っていない、俺を。
「ど、どうして? きみはたしかに、エヴィル・クリムゾンに焼き尽くされたはずなのに……」
幽霊を目の当たりにしたかのように、エリュが声を震わせる。
俺は答えた。
「エヴィル・クリムゾンが焼いたのは、俺が作った残像。残像に気をとられているあいだに、俺はエヴィル・クリムゾンを断ち斬ったのだ」
「残、像? そ、そんなこと、できるわけが……」
驚愕にわななくエリュに、俺は言い放つ。
「俺を誰だと思っている。『剣聖』の名は飾りではないぞ」
「――――っ! バケモノめ!!」
エリュが息をのみ、ミリオン・ボルトの取っ手を握った。
「やられはしないよ! ボクの魔力切れが先か! きみが力尽きるのが先か! 我慢比べをしようじゃないか!」
ミリオン・ボルトが火を噴く。雷槍の連射で俺をこの場に留め、持久戦に持ち込むつもりらしい。
残念だが、勝負にすらならんぞ、エリュよ。
俺は破魔で雷槍を打ち消しながら――エリュに向かって走り出した。
エリュがギョッとする。
「さっきは対処するだけで精一杯だったのに!?」
「振りだ。そう思わせていただけだ。エヴィル・クリムゾンを誘うためにな」
俺がミリオン・ボルトの対処に手一杯になっていれば、間違いなくエヴィル・クリムゾンはそこをついてくる。身動きの取れない俺を仕留めるべく、トドメの一撃を見舞ってくるだろう。
それこそが、罠。
エヴィル・クリムゾンを返り討ちにするために、俺は一芝居打ったのだ。
絶え間なく破魔を繰り出しながら、俺は疾風を用い、エリュへと駆け迫る。
「く、来るな! 来るなぁあああああああああああああああああああああああ!!」
恐怖からか、エリュはガタガタと身を震わせていた。
「終わりだ、エリュ!」
エリュの胴を峰で薙ぐ。
エリュの体が『く』の字に曲がり、吹き飛ばされて地面に転がった。
意識を失ったエリュを見下ろし、俺は歯噛みする。
勝利の高揚感はなかった。
ただ、やるせなさだけがあった。




