混乱と裏切りと戸惑い――3
剣が勝手に? ヴァリス本人の意思ではないということか?
ヴァリスが握る連接剣に目をやる。
連接剣に描かれた血管のような紋様は、ヴァリスの手にまで走っていた。まるで寄生しているかの如く。
信じがたい話だが、ヴァリスはあの剣に操られているのか?
考えてみれば、あの連接剣は自在に動くうえに腐食毒まで放てる。複数の能力を有している。
魔導兵装に組み込める魔法式はひとつだけ。つまり、あの連接剣は魔導兵装ではない。俺の知らない異質な武器だ。
俺は連接剣の観察を続け――息をのむ。
連接剣の鍔に、血のように赤い、結晶が埋め込まれていたからだ。
「『魔族核』だと!?」
中心で闇が蠢くあの結晶は、魔族の心臓にあたる『魔族核』。魔族の力の源だ。
どうやらあの連接剣は、魔石の代わりに魔族核を用いているらしい。
だとしたら、ヴァリスが操られていてもおかしくない。魔族核には、その魔族の意思が宿っている。二〇〇年前にも、魔族核を利用しようとして、意識を乗っ取られた者がいたからな。
つまり、ヴァリスは加害者ではなく被害者。何者かに嵌められ、連接剣に体の自由を奪われたのだ。
「ヴァリス! その連接剣は誰に渡された!?」
「そ、それは――」
動転しながらも、ヴァリスが口を開く。
「ボクだよ」
答えたのはヴァリスではなかった。
その声を耳にして、俺は愕然とする。
ヴァリスが校舎の壁に開けた穴。そこから小柄な少女が現れた。
琥珀色のツインテールと、ダボダボな白衣が風に揺れる。
信じがたい気持ちで、俺は少女の名を呼んだ。
「……エリュ」
少女――エリュ=マルクールが、金色の瞳を猫のように細めた。
「あの連接剣は『バイパー・ダンサー』。ボクの会心の一作だよ」
「……武器に魔族核を用いたのか?」
「そ。魔導兵装を超える武器『顕魔兵装』。使用者の体が乗っ取られちゃうのが玉に瑕だけどね」
あっけらかんとエリュは笑う。緊迫感が漂う現状にそぐわない、無垢な子どものような笑みが不気味だった。
「マルクール教授……どうしてこんなことを……」
俺と同じく信じられないらしい。セシリアが震える声でエリュに尋ねる。
エリュはキョトンとした顔で小首を傾げた。なぜ咎められているのかわからないと言いたげな態度だ。
「より優れたものを生み出したいって思うのは、研究者の性でしょ?」
「優れた、もの?」
「そうだよ、セシリアくん。モンスター討伐に大いに貢献した魔導兵装。その魔導兵装すら超える武器が顕魔兵装なんだよ!」
自慢げに語るエリュに、罪を感じている様子は一切ない。
――実は昨晩、ホークヴァン魔導学校の近くで魔族を目撃したんです。
――魔族は何者かと接触していました。詳しく調べることはできませんでしたが、おそらく取引していたと思われます。
ヴァリスが目撃した、魔族と取引していた者とは、エリュのことだったのか? 魔族の協力者はエリュだったのか?
信じられない。いや、信じたくない。
俺はグッと歯噛みした。
「さて。ボクはこの辺でお暇するよ」
「どこに行くつもりだ?」
「バイパー・ダンサーのほかにも顕魔兵装があってさ。実証実験がしたいんだ」
エリュの視線が、グラウンドの向こうにある演習場に向けられた。
演習場では、5―Sクラスの授業が開かれている。
エリュがニッコリ笑った。
「やっぱり、実際に魔導兵装とぶつけてみないと性能がわかんないからね」
「5―Sの生徒たちを襲うつもりか!?」
「テストには申し分ないでしょ? じゃ、行ってくるね」
ピクニックに向かう子どものようにウキウキした足取りで、エリュが演習場へと歩き出す。
行かせてはならぬ。ここで止めねばならぬ。
エリュは、敵だ。
迷いを断ち切り、俺はエリュを止めるべく駆けだした。




