混乱と裏切りと戸惑い――1
はじめての授業を行ってから半月が経った。
十一時過ぎ、俺はホークヴァン魔導学校の廊下を進み、グラウンドに向かっていた。2―Sクラスの生徒たちに剣を教えるためだ。
2―Sクラスの生徒たちはのみ込みが早い。俺のアドバイスを真摯に受け止め、着々と剣の基礎を築いている。
流石にセシリアには敵わないが、剣士としては及第点だ。そろそろ武技の伝授に入ってもいいだろう。
生徒たちの成長度合いを踏まえつつ、俺は今日の授業内容を考える。
「イサムさん!」
背後から声をかけられたのはそのときだ。
振り返ると、ヴァリスがこちらに駆け寄ってきている。
ヴァリスは神妙な顔つきをしていた。
「どうした、ヴァリス」
「お伝えしたいことがあるのですが、大丈夫ですか?」
「構わぬ」
俺が首を縦に振ると、ヴァリスは周りにキョロキョロと目をやった。聞き耳を立てている者がいないか、確かめているように映る。
誰かに聞かれたらマズい話なのだろうか? 厄介事の臭いがするな。
俺は眉をひそめる。
辺りに誰もいないことを確認し、ヴァリスが小声で伝えてきた。
「実は昨晩、ホークヴァン魔導学校の近くで魔族を目撃したんです」
「それはまことか!?」
俺は瞠目した。
硬い顔で、ヴァリスが「ええ」と答える。
「魔族は何者かと接触していました。詳しく調べることはできませんでしたが、おそらく取引していたと思われます」
「魔族と取引か……穏やかな話ではないな」
俺は渋い顔をする。
――近頃、魔族が関わったと思しき事件が発生しているのです。
先日、スキールからそう伝え聞いていた。
魔族が生き延び、人間に復讐しようと企んでいる可能性がある。その対抗手段として、俺はホークヴァン魔導学校の生徒たちに、武技を教えることになった。
ヴァリスの目撃した魔族が、スキールの言っていた事件に関わった可能性は高い。しかも、ヴァリス曰く、魔族には取引相手がいたらしい。人間側にも魔族の協力者がいるということだ。
予想以上に深刻な事態だ。早急に解決に当たらねば。
「他の者にも知らせたのか?」
「お伝えしたのは、イサムさんとホークヴァン校長にだけです。魔族に対抗できるだけの力を持つ方は、私の知る限りおふたりだけですから」
「いい判断だ。イタズラに混乱を招きたくはないからな」
ヴァリスが同意の頷きを返す。
この街で魔族が暗躍していると皆が知れば、間違いなくパニックが起きる。魔族の出現に冷静に対応できる人材のみで解決に当たるべきだ。
ホークヴァン魔導学校の教師になった際、俺が勇者パーティーの一員だったことを、スキールは教員たちに告げた。
もちろんヴァリスも知っている。だからこそヴァリスは、魔族の出現を俺に明かしたのだろう。
ヴァリスの適切な判断に感謝しながら、俺は決意した。
「その魔族は俺が討つ。勇者パーティーの一員としてな」




