新たな出会いと彼女の変化――3
スキールにつれられてきたのは、本校舎六階にある一室だ。
部屋の両脇には何台もの本棚が並び、奥には大きな窓と、立派な木製のデスクが設けられている。
セシリアに訊いたところ、ここは校長室とのことだ。
「話とはなんだ?」
扉を閉めながら尋ねると、スキールは振り返り、おもむろに両膝をついた。
躊躇いなく、スキールが額を床に擦りつける。土下座だ。
突拍子もないスキールの行動に、俺もセシリアも目を丸くした。
「申し訳ありません、イサム様! ケニーの数々の愚行、フィーア=ホークヴァンの同朋であった貴方様には、とても見るに堪えなかったと存じます!」
ケニーがセシリアを侮辱した件を謝っているようだ。大きな体を小さく縮め、平身低頭している。
スキールの言葉と態度で俺は察した。
スキールは、俺がフィーアの仲間だと――『剣聖』だと知っている、と。
「フィーアの子孫にあるまじき醜態、決して許されるものではありません! ですのでせめて、私から謝罪させていただきたく存じます! 大変申し訳ありませんでした!」
ケニーに対する情けなさからか、俺い対する畏れからか、スキールはブルブルと震えていた。
俺はひとつ、息をつく。
「たしかにケニーには失望した。フィーアの子孫がこのざまなのかと」
スキールの肩がビクリと跳ねる。
「だが、お前が諫めてくれた。こうして謝ってくれた。どうやら俺は早合点していたようだ」
スキールがハッと顔を上げた。
俺は心からの笑顔と言葉を、スキールに贈る。
「お前はフィーアの誇りを守ってくれた。フィーアの友として嬉しく思う」
言葉に詰まったように、スキールが唇を引き結び、もう一度、深々と頭を垂れた。
「寛大なお言葉、感謝申し上げます……!!」
「この件は手打ちにしよう、スキール。面を上げてくれ」
努めて明るく言うと、再度、「感謝申し上げます」と口にしてから、スキールが顔を上げた。
顔を上げたスキールは、今度はセシリアに謝る。
「すまなかったね」
「い、いえ! 校長先生が謝られることなんてありません!」
スキールは余程の大人物なのだろう。頭を下げられて、セシリアはオロオロしていた。
セシリアの許しを得て、スキールはようやく立ち上がる。
俺は尋ねた。
「して、スキールよ。話したいこととは、俺たちへの謝罪か?」
「もちろんそれもありますが、イサム様にお頼み申し上げたいことがあるのです」
「頼み事か。なんだ?」
スキールが真摯な眼差しで俺に願う。
「どうか、我がホークヴァン魔導学校で、教師をお勤めいただけないでしょうか?」
予想だにしない頼み事に、俺は目を点にする。セシリアもキョトンとしていた。
スキールが続ける。
「模擬戦の模様、観戦させていただきました。セシリアくんが終盤に見せた高速移動術。あれは武技ではございませんか?」
「気づいていたのか」
「ええ。イサム様が武技の達人であられることを、先祖から伝え聞いておりましたので」
俺の存在は、フィーアから子孫へと伝えられてきたようだ。スキールが俺の正体を知っていたのはそのためだろう。
「お前が察したとおり。あれは武技のひとつ、疾風。俺がセシリアに伝授したものだ」
「やはりそうでしたか。イサム様に教師をお勤めいただきたいのは、我が校の生徒たちに武技をご教授願いたいからなのです」
スキールの真意を知り、俺は「む?」と首を傾げる。
「だが、現代には魔導兵装があるではないか。魔導兵装は利便にして強力。だからこそ、武技に取って代わったのだろう?」
「もっともでございます。ですが、状況が変わりました」
「というと?」
訊くと、スキールが深刻な表情で答えた。
「近頃、魔族が関わったと思しき事件が発生しているのです」
俺の眉がピクリと動く。
セシリアが声を上げた。
「そんな! 魔王の討伐に続き、魔族も姿を消したはずでは!?」
「そのはずだ、セシリアくん。だが、魔族はおそるべき力を持っていると聞く。我々の目を盗んで生き延びていてもおかしくない」
魔族はモンスターと比較にならないほど強大だ。たとえ下級魔族でも、人間の一個小隊に匹敵する力を持つ。勇者パーティーも散々苦しめられてきた。
スキールの意見はもっともだろう。奴らが生き延びている可能性は否定できない。
「魔族が生き延びていたならば、間違いなく人間への復讐を考えるはずです。この先、世界を揺るがす事態が起きてもおかしくありません」
「だからこそ、生徒たちに武技を修得させたいのだな? 魔族に対抗する力として」
「仰る通りでございます。備えて足りることはございませんので」
魔導兵装は強力だ。だが、魔族に対抗しきれるかはわからない。
たしかに、自衛の手段が多くて困ることはないだろう。『備えあれば憂いなし』との言葉もあるしな。
「ふむ」と一考し――俺は口を開いた。
「俺に教師の経験はない。武技の修得も容易ではない」
「……ご了承いただけないでしょうか?」
スキールが気落ちする。
俺は続けた。
「それでもよいか?」
スキールが目を瞬かせる。
「上手く教えられるかはわからん。生徒たちが修得できるかもわからん。だが、俺は勇者パーティーの一員。魔族の脅威は見過ごせん」
「では……!!」
「常勤は難しいが、非常勤ということなら受けよう」
俺は手を差し伸べた。
なによりも優先すべきはセシリアだ。が、魔族を放っておくわけにもいかない。時間の融通が利く非常勤講師なら、引き受けても構わないだろう。
真剣な面持ちで、スキールが俺の手を取る。
「ご協力、感謝申し上げます!」
「ああ。よろしく頼む、校長殿」
俺とスキールは固く握手を交わした。




