新たな出会いと彼女の変化――2
このままではセシリアが学校に通えなくなってしまう。一流の魔剣士になる夢が遠のいてしまう。ケニーの謀略に陥れられてしまう。
させん。
俺はセシリアを庇うように歩み出た。
この誇り高い少女の夢を、下劣な輩に踏みにじらせはせん。
スキールが控え室に入ってきた。紫色の瞳が俺を捉える。
スキールの視線を真っ向から受け止め、俺はセシリアの尊厳を守るために口を開く。
「停学処分を下す」
それより先にスキールが告げた。
「ケニー=ホークヴァン。お前にな」
「…………はい?」
ケニーが固まった。
思わぬ展開に、セシリアが「え?」と声を漏らし、俺も目を瞬かせる。
わけがわからないと言いたげに立ち尽くし、やがてケニーは、スキールに媚びるような笑みを見せた。
「ご、ご冗談を。処分を下すべきはセシリアくんにですよ」
「まだ謀るか、ケニー」
スキールの冷徹な眼差しがケニーを貫く。
ケニーのごますり顔が引っ込んだ。
「お前はセシリアくんを侮辱していた。それだけではない。裏で多くの生徒を虐げていたそうだな」
「そ、そのようなこと、あるはずが……」
冷や汗を掻きながら、ケニーが首を横に振って否定する。
「もうやめましょう、ケニー様」
ケニーを諫める声がした。
ケニーが瞠目するなか、スキールの背後からルカが姿を見せる。
「ケニー様の日頃の行いは、包み隠さずスキール様に伝えさせていただきました」
「なっ!?」
絶句するケニーに、ルカが眉を下げた。
「本当は、こうなる前にわたしが止めるべきだったのでしょう。もっと早く進言するべきだったのでしょう。ですが、わたしは見て見ぬ振りをしました。どうしようもない弱虫です」
ルカが深々と頭を下げる。
「至らぬ従者で申し訳ありません」
心から後悔しているのだろう。ルカの声は震えていた。
ケニーがパクパクと、酸素を求める魚のように口を開閉するなか、ルカがセシリアに目をやる。
ルカの目からは憧憬が見てとれた。眩しいものを見るような目をしていた。
模擬戦の勝敗が決した際、ルカは俺に、セシリアがなぜ強くあれるのか尋ねてきた。
……才能の暴力に踏み潰されず、周囲の嘲笑に怯えることなく、どうして進み続けられるのですか? どうして挑み続けられるのですか?
――芯があるからだ。何者にも折られない、芯が。
俺が知らせた答えを、ルカは感じ入ったように反芻していた。
もしかしたら、ルカはセシリアに感化されたのかもしれん。困難に挑み続けるセシリアの姿に、ケニーに抗う勇気をもらったのかもしれんな。
ケニーがギリッと歯噛みして、憤怒の形相をした。
ルカが肩を縮める。
「僕に逆らうとは何事だ、ルカ!!」
「なぜルカを叱る」
静かな、しかし厳かな声で、スキールが訊く。それだけで、怒鳴っていたケニーは閉口した。
「ルカは正しい行いをした。責められるべきはお前だ。違うか?」
スキールが目をすがめる。
赤かったケニーの顔が青くなった。
「我らが先祖、フィーア=ホークヴァンは、『高貴なる者の務め』の提唱者だ。私たちは子孫として、フィーア様に恥じない、誇り高い生き方をしなければならない。違うか?」
「だ、だからこそ……です」
ケニーが怯えきった様子で弁解する。
「僕たちは、け、『賢者』、フィーア様の子孫。偉大なる血を継ぐ、選ばれし者」
両腕を広げ、ケニーが己の正統性を主張した。
「だ、だからこそ、下々の者に威厳を示して――」
「馬鹿者!!」
これ以上は聞いていられないとばかりにスキールが喝破する。
ケニーが「ひぃっ!!」と悲鳴を上げた。
「お前の行いのどこに威厳がある! どこに誇りがある!」
「で、でで、ですから、誰からも舐められないように、ホークヴァン家に恥のないように……」
「恥だと?」
スキールに射すくめられ、ケニーが言葉をのみ込んだ。
「お前の行いこそが恥なのだ! 他者を見下し、威張り散らす、そのすべてが恥なのだ!!」
「あ……あぁ……」
ガクン、と膝を折り、ケニーが崩れ落ちた。
偉ぶっていた姿はどこにもない。驕っていた姿はどこにもない。
青ざめた顔でうなだれる姿は、ただただ憐れだった。
ケニーを断罪したスキールは、ひとつ嘆息してからこちらを向いた。
「セシリアくん。イサム殿。きみたちに話したいことがあるのだが、私についてきてくれないだろうか?」




