新たな出会いと彼女の変化――1
「よかったぞ、セシリア」
ケニーたちとの模擬戦を終え、俺とセシリアは演習場の控え室で合流していた。
「『虚を衝く』教えを吸収し、完全に自分のものにしていた。一〇〇点満点の戦い振りだったぞ」
「えへへへー。やりましたっ!」
俺に褒められてセシリアが万歳をした。全身で嬉しさを表す様子が、走り回る仔犬を連想させる。とても可愛らしい。
頬を緩めていると、控え室の外からなにやら騒音が聞こえる。
騒音は徐々にこちらに近づいてくる。どうやら誰かが声を荒らげているようだ。
「何事でしょうか?」
セシリアがコテンと首を傾げる。
声がすぐそこまで来たところで、控え室の扉が乱暴に開け放たれた。
「いまの模擬戦は無効だ!!」
怒鳴り声を上げながらケニーが控え室に入ってくる。どうやら騒音の主はケニーだったらしい。
ケニーの顔は真っ赤で、眉はつり上がっていた。見るからに激怒している。
ケニーの発言に、セシリアは怪訝そうな顔をする。
「なぜ無効なんですか?」
「決まっているだろう! きみが不正を働いたからだ!!」
ケニーがセシリアに指を突きつけた。
「魔導機構に組み込める魔法式はひとつだけ! きみの魔剣に組み込まれている魔法式は武装強化! きみが加速した説明がつかない!」
セシリアが疾風で高速移動したことを言っているのだろう。ケニーはそれを不正と捉えたようだ。
「きみは別の魔導兵装を使ったんだ! 使用許可をされていない魔導兵装をね!」
ケニーが鬼の首を取ったように口端を歪めた。
「きみは知っているかな? 魔導兵装を扱うには手続きが必要だ。正規の手続きを踏んでいない魔導兵装を使うことは、法令に違反する。この件は校長に報告させてもらうよ」
「わたしは不正なんかしていません。わたしの高速移動術は武技によるものです」
「バカを言うな!!」
冷静に反論するセシリアに、ケニーが唾を飛ばして詰め寄る。
「武技はとうに失われた技術だ! 言うに事欠いてデタラメをほざくか、この凡人が!!」
現代人は武技の存在を知らない。ケニーがセシリアの説明を信じられないのは仕方がない。
だとしても不愉快だな。セシリアは修練のすえ武技を修得したのだ。それを不正呼ばわりされるのはいただけん。
俺が顔をしかめるなか、ケニーがニヤニヤ笑いを浮かべる。
「落ちるとこまで落ちたな、セシリアくん。いくら僕が憎かろうと、やっていいことと悪いことがあるだろう? 『勇者』と『聖女』の子孫がこんな卑怯者だなんて、情けなくて仕方ないよ!」
それはこちらのセリフだ。お前はセシリアが言い返せない状況を作って罵った。どちらが卑怯者かは明白だ。
俺のほうこそ情けないぞ、ケニー。『賢者』フィーアの子孫が、お前のような見下げ果てた者だなんて。
「嘆かわしいことだ」
落胆の溜息をついていると、開け放たれたドアの向こうから声がした。
俺、セシリア、ケニーの視線がそちらに集まる。
ひとりの男が、こちらに向かって歩いてきていた。
五〇歳間近と思われる、大柄な男だ。
一八一セルチの俺よりも背が高く、全身が筋肉で覆われているかのようにガッチリとしている。
短く刈り上げられた髪は灰色。猛禽の如く鋭い目は紫色。
角張った顔には、しかめ面しい表情が刻まれていた。
セシリアが目を丸くする。
「ホークヴァン校長!」
「む? 彼もホークヴァン家の者か?」
セシリアが「はい」と返事をした。
「スキール=ホークヴァン様。ホークヴァン本家の現当主にして、ホークヴァン魔導学校の校長を務める、豪傑です」
「ふむ」と頷いていると、それまで浮かべていたニヤニヤ笑いを引っ込め、ケニーがピシッと背筋を伸ばした。
「僕たちの話をお聞きでしたか、スキール様。僕も嘆かわしく思います。まさかセシリアくんが不正に手を出すなんて……」
ケニーが芝居がかった仕草で首を振り、こちらにだけ見えるように嘲笑する。
「彼女には反省が必要かと思います。停学処分が妥当かと」
ここでも猫を被るか。どこまでも腐った男だ。
「よくわかった。たしかに反省が必要らしい」
スキールが重々しく嘆息する。
セシリアの肩が怯えるように震えた。




