表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/116

師匠と弟子と決闘――8

 始業式は、校門の反対側にある講堂で行われるらしい。


 俺はセシリアとともに校舎の廊下を進み、講堂を目指していた。執事らしく、セシリアの斜め後ろに位置取るよう注意しながら。


 しばらく歩くと、前方から生徒の集団がやってきた。生徒たちは談笑(だんしょう)しており、その中心にはひとりの男子生徒がいる。二〇代手前と(おぼ)しき青年だ。


 青年は中肉の長身で、セミショートの灰色髪と、紫のつり目をしている。


 腰には茶色いケースが下げられており、そこから白い取っ手が覗いていた。魔導兵装の一種『魔銃(まじゅう)』と、それをしまうホルスターという道具だろうか?


 (ほが)らかな表情を浮かべる青年に、周りの生徒たちは積極的に話しかけている。随分(ずいぶん)(した)われているようだ。


 俺とセシリアに青年が気づいた。周りの生徒たちを手振りで止め、こちらに笑顔を向けてくる。


「やあ、セシリアくん」

「……おはようございます、先輩」


 セシリアが足を止め、礼とともに挨拶を返した。


 青年が寄ってくるなか、俺はこっそりとセシリアに訊く。


「知り合いか、セシリア?」

「一応、そうなります。彼はケニー=ホークヴァン先輩。ホークヴァン分家のご子息で、この学校の四回生。魔兵士科:魔銃Sクラスの生徒です」

「ホークヴァン――フィーアの子孫か」


 友の子孫との遭遇(そうぐう)。喜ばしいことだが、いまはそれよりも気になることがあった。


 セシリアが気落ちしている?


 眉が下がり、顔がかすかにうつむいている。いつも明るいセシリアにしては珍しい表情だ。どうしたのだろうか?


「ほう? きみは今年もSクラスなんだね?」


 怪訝(けげん)に思っているあいだに、ケニーはセシリアの目前まで来ていた。


 ケニーがセシリアの胸のプレートに目をやり――口端を意地悪そうに歪めた。


「親の七光りに過ぎないくせに」


 ちょうど後ろの生徒たちに聞こえないほどの声量で、ケニーがセシリアをけなす。


 セシリアが唇を引き結び、スカートをキュッと握った。


「まったくもって不愉快だよ。きみ程度の凡人がSクラスだなんて。教師たちの目は曇っていると思わないかい? 所詮(しょせん)、きみが評価されているのは、『勇者』と『聖女』の子孫だからさ」


 強く握りしめているからだろう。セシリアの手は白く、体は悔しさからか震えている。


「ほら? なんとか言ってみなよ? それでも『勇者』と『聖女』の子孫か? この臆病者(おくびょうもの)


 ケニーが(あお)るがセシリアは言い返さない。いや、言い返()ないのだ。


 ケニーの言葉は後ろの生徒たちに聞こえていない。ここで下手(へた)に言い返せば、セシリアが悪者にされてしまう。それがわかっているからこそ、ケニーはセシリアを挑発しているのだ。


 ふと俺は思い出した。


 セシリアが夢を語ってくれた日のことだ。


 セシリアは一流の魔剣士になり、デュラム家の地位を上げたいと話していた。


 その際、ポツリとこぼした言葉がある。




 ……それに、わたしをわたしとして認めてほしいですから。




 あのときは言葉の意味がわからなかったが、いまならばわかる。




 ――所詮、きみが評価されているのは、『勇者』と『聖女』の子孫だからさ。




 いまこそSクラスだが、入学当初、セシリアはBクラスだったらしい。


 ケニーだけでなく、ほかの者たちからも(あざけ)られてきたのだろう。色眼鏡(いろめがね)で見られてきたのだろう。


 セシリアがBクラスから上り詰められたのは、贔屓(ひいき)されたからだと。


 だからこそ、セシリアは『「勇者」と「聖女」の子孫』ではなく、『セシリア=デュラム』として見られたいのだ。一個人として自分を認めてほしいのだ。


 悔しげなセシリアの表情に、俺の胸が締め付けられる。


 その()り、ケニーの背後からひとりのメイドが近づいてきた。


 長身細身。藍色のショートヘアと、切れ長の青い目を持っており、年齢は二〇代半ばと思われる。おそらく、ケニーの従者だろう。


「ケニー様。お(たわむ)れはほどほどに――」

「なんだ、ルカ?」


 ルカという名前らしいメイドに、ケニーが冷え冷えとした目を向けた。


「僕に指図(さしず)する気か?」

「――っ! いえ、申し訳ありません……」


 ビクリと肩を跳ねさせて、ルカが一歩下がる。明らかにケニーに(おび)えている様子だ。どうやら手ひどく扱われているらしい。


 ふん、とつまらなそうに息をつくケニーに、俺は落胆(らくたん)した。


 友たちの子孫が、(みな)、セシリアのような善人とは限らないのだな。なかには、ケニーのような見下げた者もいるようだ。


 聡明だったフィーアの子孫が、このような小狡(こずる)い悪党とは……なんとも(なげ)かわしいものだな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ