未来と孤独と救い――1
気がつくと、見知らぬ場所に立っていた。広い道の上だ。
両脇に並ぶ建造物。行き交う人々。見上げれば、夕焼けに染まる空。
どうやらどこかの街らしい。
予想だにしなかった展開に、俺は呆然とした。
「時の彼方に飛ばされるのではなかったのか?」
手にしていた刀を鞘に戻し、俺は辺りを見回す。
なんとも不思議な街だ。
建造物はどれも高く、どっしりとしている。これほどの大きさなら貴族のものかと思うが、それにしては装飾がなく、造りがシンプルだ。
行き交う人々の服装も建物と同じくシンプルで、しかし洗練されていた。貴族のようにゴテゴテではなく、平民のようにみすぼらしくもない。
なにより気になるのが、俺が立っている、黒く硬く、凹凸がまるでない地面だ。
推察するに、タイルでもレンガでも石畳でもないだろう。いずれも、ここまで滑らかに仕上げることはできない。
舗装されているようだが、どのような材料を用いているのだろうか?
そして、もっとも知りたいのは――
「一体、ここはどこなのだ?」
「危ない!!」
茫然自失となる俺に、道の右脇を歩いていた女性が叫びかけた。
「なにボーっとしてるの! 早く避けて!!」
女性は俺の背後を指さしている。
何事かと思い振り返ると、猛スピードで俺に迫る謎の物体があった。
金属製と思しきそれは、たとえるならばトロッコだ。
蓋のない長方形の箱に、四つの車輪を取り付けたような乗り物。乗っているのは二組の男女だ。
「なっ!?」
俺は瞠目した。恐怖からではない。驚きからだ。
どうやってあれほどの速度を出しているのだ!?
この道は斜面ではなく平面。あのトロッコを引いている者も、押している者もいない。しかも、乗っているのは成人済みかと思われる四人の人間。重量は相当なものだろう。
それなのに、トロッコは馬よりも速く走っている。摩訶不思議だ。
驚愕しながらも、俺は注意してくれた女性のほうに横っ飛びしてトロッコを避ける。
危なげなく回避した俺に、女性が目を丸くした。
「あ、あなた、とんでもなく身軽なのね! けど、気をつけなさい? 道のど真ん中に突っ立つなんて、魔導車にひかれたらどうするの?」
「すまぬ。助かった」
「まったくもう!」と腹を立てる女性に手刀で礼をしながら、俺は新たな疑問を得る。
会話が成立している?
ここが時の彼方なら、途方もない時間が経過しているだろう。言語が変化していてもおかしくない。
それなのに、彼女と俺の会話は成立している。
わからないことだらけだ。ひとりで考えても答えが出そうにない。
「うーむ」と腕組みして、俺は女性に訊いた。
「尋ねたいのだが、ここはどこだろうか?」
女性が訝しげに眉をひそめる。
「決まってるじゃない。『ラミア』よ」
「ラミアだと!?」
脳天に雷が落ちた思いだった。
異常な反応に映ったのだろう。俺の驚き様に、「え、ええ」と女性が怖じ気づく。
彼女を気遣う余裕はなかった。とてつもない衝撃を俺は受けていたのだから。
ラミア……俺とマリーが育った街……!!
ラミアは『ミロス王国』の街。俺とマリーの故郷であり、ロランと出会った場所であり、勇者パーティー結成の地でもある。
まだラミアが存在している? だとしたら――
「いまはいつかわかるか!?」
「も、もちろんよ」
血相を変える俺に後退りつつ、女性が答える。
「ハディル歴一八一〇年の、魚の月よ」
俺は言葉を失った。
同時に悟る。なぜ言語が変化していなかったのか。なぜラミアが残っていたのかを。
ここは時の彼方ではない! 二〇〇年後の世界だ!
勇者パーティーがラゴラボスに挑んだのが、ハディル歴一六一〇年の早春。ちょうど二〇〇年前。
おそらく無理矢理ロランを救い出したためだろう。『時縛大呪』が乱れ、『時の彼方に飛ばす』効果が『二〇〇年後の世界に飛ばす』効果に変わったのだ。
「じゃ、じゃあ、わたしはこれで」
信じがたい事実にわななく俺を不気味がるように、女性が去っていく。
しばらく立ち尽くし、俺はハッとした。
「魔王は討てたのか?」
人間が普通に生活しているため、魔王が討伐された可能性は高い。
しかし万に一つがある。街並みや人々の服装が変わったのが、魔王の仕業であるとも考えられる。
手がかりを探すため歩き出そうとしたとき、俺の目にそれが映った。
「……おお」
目を見開き、俺は駆け出す。
人混みをすり抜け、猿の如き身のこなしに唖然とする人々を無視して、俺は一心不乱にそれを目指す。
「おお……おお……!!」
それが立っていたのは円形の広場。立派な噴水の手前だった。
俺はそれの前にたどり着く。
それは――いや、あいつは。
両刃の長剣を空に掲げ、威風堂々と立っていた。
夕日を背に浴びる、軽鎧とマントを身につけた、凜々しい顔立ちの青年――ロランの銅像。
銅像の台座に取り付けられたプレートを、俺は食い入るように見つめる。
『ハディル歴一六一〇年 牡牛の月 勇者ロラン=デュラム、魔王を討つ』
「……やったのか」
視界が滲む。
「やってくれたのか……!」
涙が溢れる。
「ついにやったのか、友たちよ!!」
両の拳を天に突き上げ、俺は喜びを爆発させた。
周りの人々が怪訝そうにしていたが、ひとつも気にならなかった。
当然だ。人類の悲願を、俺の友たちが果たしてくれたのだから。