師匠と弟子と決闘――6
ホークヴァン魔導学校の新学期がはじまる日がやってきた。
それでも日課は変わらない。朝日が差す庭で、俺とセシリアは木刀と木剣を打ち合わせていた。
「はあっ!!」
セシリアの木剣が縦横無尽に振るわれる。上、右斜め下、左斜め上、突き――滑らかに軌跡を連ね、襲いかかってくる。
俺は後ろに下がりながら、右へ左へ体を傾け、ときに木刀の先でいなし、剣戟の嵐を凌いだ。
セシリアが、ふっ! と力強く息を吐き、さらなる猛攻のため木剣を振りかぶる。
刹那、俺は攻勢に転じた。
「疾っ!」
後の先をとる一文字の剣筋。コンパクトな動きで横薙ぎの一閃を放つ。
振りかぶった分、セシリアには隙ができている。そこを狙い澄ました一撃だ。
セシリアに為す術はないだろう――ほんの少し前ならば。
セシリアの姿が忽然と消えた。
否。消えたのではない。そう錯覚させるほどの速度で移動したのだ。
『疾風』――脚に魂力を集め、速力を飛躍的に高める武技を用いて。
驚くべきことに、すでにセシリアは武技をひとつ修得していた。『天才』という表現では失礼にあたるほどの、並外れた成長速度だ。
魔導車との併走が可能なまでの速度で、セシリアは俺の左側面に回り込んでいた。
「せぁあああっ!!」
雷電の如き袈裟斬り。
速い。鋭い。いい剣だ。
が、そう簡単にはやらせん。師が呆気なく敗れるなど、セシリアも望んでいないだろうしな。
セシリアの木剣が振り抜かれた。
空を切る。
そう。セシリアが斬ったのは虚空だった。
俺はすでに飛び退っている。セシリアと同じく疾風を用いたのだ。
セシリアが目を見開いて、しかし、気を取り直すように即座に眉をつり上げた。
セシリアのブーツが芝生を踏みしめる。その脚に魂力が集まった。再び疾風を使うつもりだ。
セシリアが地を蹴る。ゴールデンブロンドがたなびく。大気が斬り裂かれる。
高速の住人となったセシリアが、真正面から突っ込んできた。
狙い通りだ。
後退していた俺はピタリと停止して、木刀を突き出す。
「えっ!?」
セシリアが瞠目した。疾風からの停止は読めなかったのだろう。
俺がなにをしなくても、このままセシリアが突っ込んでくれば、勝手に自滅してくれる。
セシリアが歯噛みして急ブレーキを踏んだ。
が、疾風による速度を殺しきれず、体勢を崩して前につんのめってしまう。
「きゃうっ!」
可愛らしい悲鳴とともに、セシリアが芝生に倒れた。
俺は木刀で、セシリアの頭をコツンと軽く叩く。
「勝負あり、だな」
「あぅ……参りました」
セシリアが顔を上げる。盛大にこけたのが恥ずかしいのか、その顔はリンゴほどに赤くなっていた。
俺は苦笑し、腰をかがめて手を差し伸べる。
「前にも言ったように、セシリアの剣はよくも悪くも真っ直ぐだ。迷いがないのはよいことだが、それだけではいけない」
「意地悪になるべきと、教えていただきましたしね」
「そうだ。そのひとつとして、『虚を衝く』という手段がある」
「虚を衝く……」
セシリアが手を取り、俺のアドバイスを反芻する。
俺は「ああ」と頷きながらセシリアの手を引いた。
「セシリアの袈裟斬りを避けたとき、俺は疾風を用いて後退したが、あれは誘い。即ち、罠だったのだ」
「イサム様は、わたしが追いかけてくるように誘導したのですか?」
「ああ。剣士は相手に近づかなければ戦えない。距離をとられたら、詰めたくなるものだからな」
続ける。
「俺はセシリアが距離を詰めてくると踏んだ。だから急停止してカウンターを見舞った。俺の狙いを読めなかったセシリアは、予想だにしなかった一手に動揺してしまった。これが『虚を衝く』効果だ」
「なるほど。たしかに意地悪ですね」
「そうだ。勝負とは非情なものなのだ」
立ち上がったセシリアと顔を見合わせ、俺たちはクスクスと笑う。
敗れたとは思えないほどの清々しさで、セシリアが頭を下げた。
「ありがとうございます。勉強になりました」
『素直さ』は、教えを吸収する才能だ。
セシリアは強くなる。俺はそう確信した。




