師匠と弟子と決闘――5
それから一〇日が経った。
「じゃーん!」
朝食を終え、いつも通りセシリアの部屋に戻ってくると、ニコニコ顔のセシリアが、一対の衣服を手にして俺を迎えた。
白と赤を基調とした、上着とスカートだ。上着はシンプルながら洗練されたデザインで、ジェームズがよく着ている、ブレザーという種類のようだった。
「それは?」
「『魔導学校』の制服です!」
えっへん! と誇らしげにセシリアが胸を張る。
「魔導学校は、魔導具・魔導兵装を使って戦う『魔兵士』や、魔導具・魔導機構の開発・修繕を行う『魔技師』を育成する、五年制の教育機関です。わたしが通っているのは、『賢者』フィーア=ホークヴァン様が創設された『ホークヴァン魔導学校』で、これはそこの制服なんです」
「いろいろなところでフィーアの名が出てくるな。相当活躍したようだ」
感心半分呆れ半分の心情で、俺は苦笑した。
「セシリアは魔剣士を目指しているから、魔兵士とやらに分類されるのか?」
「はい! わたしは魔兵士科:魔剣士クラスの二年生です」
「そうか。頑張っているのだな」
俺が褒めると、セシリアはふにゃんと頬を緩める。
「いまは進学前の長期休暇で、三日後に新学期がはじまるんです。そのとき、制服姿をご覧に入れますね?」
セシリアはルンルンとご満悦そうだ。俺に制服姿を披露できるのが、そんなにも嬉しいのだろうか?
大変愛らしいが、それはそれとして、ひとつ確認しなくてはならないことがある。
鼻歌を奏でながらクルクルと踊るセシリアに、俺は質問した。
「その魔導学校とやらには俺も通えるのか?」
「ほぇ?」
セシリアがピタリとダンスを止めた。
「イサム様は学生ではありませんから無理ですよ?」
「それは困ったことになった」
「どうしてですか?」
小首を傾げるセシリアに、俺は指摘する。
「セシリアが学校に行っているあいだ、俺たちは離ればなれになってしまうだろう?」
首を傾げた体勢で、セシリアがコチンと固まった。
魔力を生成できない俺は、セシリアがいないとまともな生活を送れない。セシリアが悪人に狙われていることもあるので、できる限り離れたくないのだ。
だが、学校がはじまってからはそうもいかない。俺とセシリアはともにいられなくなる。
かといって、セシリアに学校を休ませるわけにもいかぬ……どうしたものか?
ややあって、セシリアの体がプルプルと震えだした。
「そうです! そうじゃないですか! イサム様と離ればなれになっちゃうじゃないですか! イサム様にお仕えできなくなっちゃうじゃないですか! なにを浮かれてるんですか! わたしのバカァ――――――ッ!!」
どうやら気づいていなかったらしい。セシリアがアワアワしながら制服を振り回した。セシリアには悪いが、面白可愛らしい。
「どうしよう、どうしよう」とセシリアが部屋を忙しなく歩きまわる。解決策を探すため、俺も黙考する。
「あっ!」
と、なにかを閃いたようにセシリアが声を上げた。
「解決策を見つけたか?」
俺が訊くと、セシリアはハッとした顔をして、首をブンブンと横に振る。
「い、いえ! なんでもありません!」
なぜ回答を渋るのだろう? なぜ誤魔化そうとしているのだろう?
気になって、俺はセシリアに詰め寄った。
「聞かせてくれ、セシリア」
「で、ですが、このアイデアには問題がありまして……!」
「それでも構わん。解決のヒントになるかもしれんしな」
俺が食い下がると、「むむむむ……」とセシリアが唇をムニャムニャと波打たせ、観念したように息をついた。
「ホークヴァン魔導学校は貴族御用達の魔導学校で、生徒には、執事・メイドを随伴させることが許されているんです」
解決策そのものではないか。
俺は、「ならば」と人差し指を立てる。
「話は簡単だ。俺がセシリアの執事になればいい」
「ダメです! そう仰るとわかっていたから言いたくなかったんです!」
制服を放り投げ、腕でバッテンを作りながら、セシリアが即却下した。
バッサリと切り捨てられて、俺は少なからず傷つく。
「たしかに、俺に執事の経験はないので不安だとは思うが……」
「あっ! い、いえ! そのような不安はしてません!」
俺が肩を落としたからか、セシリアは慌てた様子でフォローしてきた。
俺は顔を上げ、目を瞬かせる。
「む? では、なにが問題なのだ?」
「だってイサム様は、ご先祖様にとってもわたしにとっても恩人ですし、わたしのお師匠様でもありますし……」
叱られた仔犬のように、セシリアがシュンとする。
「それなのに、わたしがイサム様の主になるなんて、おこがましいといいますか……」
俺は再び目をパチパチさせた。
なんだ、そのようなことか。そんなもの、なんの問題にもならんぞ。
「気にせずともいい。遠慮する必要もない」
「そ、そういうわけには……!」
「俺はセシリアに養われている立場だ。偉ぶれるはずがないし、そのつもりもない」
カラッと笑ってみせるが、それでもセシリアは躊躇っていた。
いまだ頑ななセシリアに、「それに」と俺は続ける。
「俺はセシリアの側にいたい。片時も離れたくないのだ。俺の生活云々、セシリアが仕える云々を抜きにしても」
なぜならば、誓ったから。一生を賭してセシリアを守ると誓ったから。セシリアとともに生きると誓ったから。
セシリアの頬が、ぽっ、と赤らんだ。
「それでもダメか?」
「あ……その……」
俺が見つめると、セシリアは照れたように視線を逸らし、ペコリと頭を下げた。
「では……よ、よろしくお願いします」




