師匠と弟子と決闘――4
「では、武技の修得をはじめるか」
「はい!」
セシリアの元気な返事が庭に響く。
鞘に収めたセイバー・レイは、芝生に横たえられていた。
「まずは己の体に流れる魂力を把握するところからだ。そのために『調息』をする」
「調息とはなんですか?」
「武技の基礎。魂力を認識し、練り上げる術だ。手本を見せよう」
俺は静かにまぶたを閉じた。
「一〇秒かけてゆっくり息を吸い、一〇秒かけてゆっくり息を吐く」
長く深く呼吸しながら、説明を続ける。
「息を吸うとき、流れている魂力がへその下――丹田に集まり、息を吐くとき、丹田に集まっていた魂力が、全身へと戻っていく様をイメージするのだ。これを繰り返し、己の魂力を認識する」
セシリアは一言も発さず、俺の説明を傾聴していた。
「認識できれば、丹田で魂力を練ることも可能だ。そして練った魂力を、望む部位に送り込み、まとう」
丹田で練った魂力を、表皮に張り巡らせる。
俺の全身を魂力の膜が包んだ。膜は薄いが、その密度は高い。たとえ魔法の集中砲火を受けても、俺の体には傷ひとつつかないだろう。
「これが調息。武技を扱う第一段階だ」
「実際にいま、イサム様は魂力をまとっているのですか?」
「ああ」
答えると、セシリアは自分の胸元をキュッと握った。衣服に皺ができる。
「なんだか息苦しい感じがします。あと、背筋がゾワゾワするような……」
「まことか!」
俺は目を丸くした。
「それは本能的に俺の魂力を恐れている証拠だ」
「イサム様の魂力を感じ取っているということですか?」
「ああ。調息をしていないのに魂力を捉えるなど、驚嘆に値する。セシリアには武技の素質があるようだな」
「本当ですか!?」
瞳を煌めかせるセシリアに首肯しながら、俺は内心に汗を掻く。
『素質がある』では足りないほどだ。調息は、感じ取れない魂力を感じ取れるようにする術。人間は本来、魂力を感じ取れないのだ。
だがセシリアは、すでに魂力を感じ取っている。センスとしか言い様がない。
天才。いや、鬼才と表現するべきか。素質だけなら俺を超えているかもしれん。これは期待が持てる。
畏怖すべき才能に出会い、俺の心は震えていた。
「次はセシリアの番だ。やり方はわかったな?」
「はい!」
セシリアが力強く頷き、まぶたを伏せた。
ゆっくりと呼吸するセシリア。その呼吸に合わせて、豊かな胸が上下する。
そよ風が吹き、ゴールデンブロンドの髪を撫でていく。セシリアは構うことなく呼吸に集中した。
俺は愕然とする。セシリアの体を流れる魂力が、丹田に集まっていたからだ。
唇が笑みを描くのを感じながら、俺はセシリアに尋ねる。
「どうだ? 魂力の流れはわかるか?」
「なんとなくですが、おへそを中心にした脈が、全身に張り巡らされているような感じがします」
決まりだ。セシリアは逸材だ。
魂力の認識には、才ある者でも一週間はかかる。それを、セシリアはたった一日。はじめての調息で成し遂げた。
素晴らしい。最高の弟子ではないか。きみの師匠になれたことが誇らしいぞ、セシリア。
胸中で歓喜が沸き立つなか、俺はセシリアの頭に手を置く。
セシリアがまぶたを開けて、キョトンとした顔で俺を見上げた。
「第一段階は終了だ」
「えっ? もう、ですか?」
「誇っていい。きみは才に溢れている。次の段階に入ろう」
セシリアが目をパチクリさせる。徐々に理解が追いついてきたのか、セシリアの口元がほころんでいった。
「はいっ!」
眩いばかりの笑顔を咲かせ、セシリアが返事をした。
優しく頭を撫でると、セシリアは心地よさそうに目を細める。愛いやつ、愛いやつ。
最後にポンポンと労って、セシリアの頭から手をどけた。
「次は魂力を練り上げる段階だな」
俺は芝生に座り、あぐらを掻いた。隣を叩くと、俺の意を察し、セシリアも腰を下ろす。
「丹田に集めた魂力に集中する。俺の真似をするといい」
まぶたを伏せ、俺は調息をはじめる。
指示通りに俺の真似をしているのだろう。隣から、セシリアの呼吸音が聞こえてきた。
静かな時間だ。聞こえるのは、木々のさざめき、小鳥のさえずり、そして互いの呼吸音だけ。
不意にセシリアが、クスリと笑みをこぼした。
「どうした?」
「嬉しいんです。大恩人のイサム様に、師になっていただけたことが」
いじらしいことを言ってくれる。
「こら。呼吸に集中しろ」
髪をくしゃくしゃとかき混ぜるように、俺はセシリアの頭を撫でた。
注意しながらも、俺が浮かべるのは微笑みだ。
俺も同じだ、セシリア。きみの師になれて、俺は嬉しい。




