師匠と弟子と決闘――3
「それにしても、何回か振っただけなのに、そこまでおわかりになるなんて……」
「これでも『剣聖』なのでな。セシリアが並々ならぬ努力をしてきたことはわかる。ここまでの腕になるには、相当な時間がかかっただろう」
「はい。大変でしたし、つらいときもありました。けど、どうしても一流の魔剣士になりたかったんです」
セシリアの微笑みは穏やかだったが、瞳には確固たる意思が灯っていた。なにがなんでも目標を達成してみせるという、野心が。
セシリアほど迷いなく進める一七歳はそういない。なにか理由があるように思える。
セシリアの瞳を見つめ返し、俺は口を開いた。
「セシリアは、一流の魔剣士になって成し遂げたいことがあるのだな?」
コクリとセシリアが首肯した。
「わたしは、デュラム家を上級貴族に戻したいんです」
「上級貴族? 戻す?」
もう一度、セシリアが頭を縦に揺らす。
「現代の貴族は、『最上級』・『上級』・『中級』・『下級』に分けられています。もともとデュラム家は上級貴族だったのですが、社会への貢献が足りず、下級貴族に降格されてしまったんです」
「社会への貢献度合いで地位が上下するのか?」
「はい。『高貴なる者の務め』という制度によって」
『高貴なる者の務め』とは、
「社会に貢献した者・家系に、貴族位の授与・地位の昇格を行い、長く貢献していない貴族に、貴族位の剥奪・地位の降格を行う制度のことです。『様々な特権を持っている分、貴族は社会に貢献すべき』という考えですね」
「俺が持つ貴族の像とは大分違うな。二〇〇年前の貴族は、そのほとんどが特権にあぐらを掻いていたが」
「そういった貴族の腐敗を打破するため、設けられた制度だと聞いています。なんでも、『賢者』フィーア=ホークヴァン様が提唱されたのだとか」
俺は唸るほかなかった。
位を剥奪されるとなれば、貴族は威張り散らしていられない。逆に平民は、貴族を目指して社会への貢献を考える。結果、社会はより発展していくということか。
流石だな、フィーア。きみはやはり聡明だ。
内心で友を賞賛するなか、セシリアの話は続く。
「貴族となったデュラム家も、社会に貢献するため、『クルセイダーズ』というモンスター討伐サークルを結成しました。ロラン様がリーダーとなり、世界中から強者が集まったと聞きます」
けれど――
セシリアがさみしそうに眉を下げた。
「ロラン様が亡くなられてから、クルセイダーズは瓦解しました」
「新たなリーダーでは、巨大化したサークルをまとめきれなかったのだな」
陰のある表情でセシリアが頷く。
「クルセイダーズ内ではいくつかの派閥があったらしく、それらの派閥が新しいサークルを立ち上げたそうです。ほとんどのメンバーは、クルセイダーズを離れてしまいました」
「結果、クルセイダーズはモンスター討伐サークルとして充分に機能せず、デュラム家は降格されてしまったというわけか」
「はい……」
セシリアがうつむいた。
悲しい話だが仕方ないだろう。ロランがカリスマ過ぎて、二代目のリーダーには荷が重かったのだ。
強者は強者に惹かれる。己より強い者についていく。換言すれば、己より弱い者の言うことなど、強者は聞きたくないということだ。離れていったメンバーは、ロランの後釜をリーダーとは認められなかったのだろう。
はじめてデュラム家を訪れたとき、周りの邸宅より小さいと思った。ロランとマリーの偉業に対して不十分だと感じた。
だが、デュラム家はもとから小さかったのではない。降格された結果なのだ。
「ですが――いえ、だからこそ、わたしは決めました」
セシリアがうつむけていた顔を上げる。その顔に陰りはなく、凜として力強かった。
「わたしはクルセイダーズを再び活気づかせます! 一流の魔剣士になって、みんながついてくるリーダーになります! そして、デュラム家を昇格させるんです! 上級貴族に戻し、行く行くは最上級貴族にしてみせます! わたしは、デュラム家に生まれたことを誇りに思っていますから!」
強い子だ。優しい子だ。眩しい子だ。
喜べ、ロラン、マリー。お前たちの子孫は、お前たちに負けないほど気高いぞ。
「……それに、わたしをわたしとして認めてほしいですから」
俺が心を揺さぶられるなか、セシリアがポツリと呟いた。凜々しく力強い顔つきは、いつの間にか自嘲するような笑みに変わっている。
いまの言葉はどういう意味だ?
尋ねようとすると、それより先にセシリアが頼んできた。
「イサム様。よろしければ、わたしに武技を教えていただけないでしょうか?」
「強くなるためか?」
「はい」
「武技の修得は容易くないぞ? いいのか?」
一瞬の迷いもなく、セシリアは頷いた。
「できることは、なんでもしたいんです」
エメラルドの双眸が俺を真っ直ぐ見つめる。
このような目をされて、どうして断れようか?
俺は、ふ、と笑んだ。
「承った。今日より俺は、きみの師となろう」
「ありがとうございます!」
太陽のように顔を煌めかせ、セシリアが頭を下げた。
「ご指導ご鞭撻、お願いします、先生!」




