師匠と弟子と決闘――1
翌朝。起床した俺は庭に出て、日課の鍛錬を行っていた。
早朝の澄んだ空気を肺に取り込む。
一〇秒かけてゆっくりと吸い込み、一〇秒かけてゆっくりと吐き出す。それを繰り返しながら心を静めていく。
春風が吹き、近くにある広葉樹の枝を揺らし、花びらが散った。
瞬間、俺は目をカッと開き、鞘から刀を抜く。
振るう。
閃。
風切り音。
俺は刀を鞘に収めた。
宙を舞う花びらが、一枚残らず割断された。
ふむ。悪くないな。
体の調子を確かめ、俺は頷く。
「……スゴい」
感嘆と呆然が入り交じった声が聞こえた。
見ると、少し離れた位置でセシリアが立ち尽くしている。
動きやすそうな格好をしたセシリアは、鞘に収められたバスタードソードを両腕で抱え、ポカンとしていた。
俺の剣を目の当たりにして驚いたのだろう。
「おはよう、セシリア」
片手を上げて挨拶すると、セシリアはハッと我に返り、頬をむくれさせながら歩いてきた。
「起きたら隣にいなくて焦りました」
「すまぬな。朝の鍛錬が日課なのだ」
幼げな仕草に苦笑しながら、俺は頬を掻く。
もとからそこまで怒っていなかったのか、セシリアの頬はすぐにしぼんだ。
「いまのは『武技』ですか?」
無数の花びらを一瞬で斬った術について訊いているのだろう。俺は「ああ」と答える。
この世界には三種類の『力』が存在する。『霊力』・『魂力』・『魔力』だ。
霊力は世界そのものに満ちる力で、あらゆる生物・自然の生きる源。
魂力は、霊力が生物に取り込まれて変換されたもので、いわゆる生命力。
そして魔力は、魂力から生成される、魔法・特殊能力などの超常現象を引き起こす力だ。
『武技』は魂力を用いた戦闘術。身体能力の強化を中心とした技術のことを指す。
「はじめて見ましたが、凄まじいものですね」
「はじめて見た?」
「はい。武技は失われた技術ですから」
セシリアの話に、俺は目を瞬かせた。
「現代に生きる者は武技を使えないのか?」
「使えないというより、使わなくなったというほうが正しいですね。武技や魔法より、魔導兵装のほうが重宝されましたから」
「なるほど。誰もが魔導兵装を使うようになり、武技を使う者がいなくなった。結果として、武技の修得法が失われたというわけか」
セシリアが首肯する。
仕方ないだろう。武技の修得には時間がかかる。魂力の流れをつかむだけでも、早い者で一週間、遅い者は一年以上かかるのだから。
一方、魔導兵装は、魔力さえあれば誰でも使用できる。魔導具より扱いは難しいとのことだが、それでも、詠唱不要で魔法の才もいらないのは有用としか言えない。おまけに、従来の武器とは比較にならないほど強力だ。
どちらを重宝するかは言うまでもない。当然、魔導兵装のほうに軍配が上がる。
新しくて便利なものに、古くて不便なものが淘汰されるのは自然の摂理。武技は廃れた技術なのだ。
武技が失われたのは悲しいが、技術の進歩は喜ばしい。誰もが自衛の手段を手に入れられるようになったのだから。
「うむ」と自分を納得させて、俺はセシリアが抱えるバスタードソードを指さす。
「セシリアも魔導兵装を持っているそうだな。それか?」
「はい! 『魔剣』という種類のものです!」
セシリアがハキハキと答えた。
「これは、武装強化の魔方式が組み込まれた魔剣『セイバー・レイ』。鋼鉄さえ容易に斬り裂く剣です」
セシリアが、愛剣――セイバー・レイの鞘を撫でる。
「プラムさんから、イサム様が庭で鍛錬されていると伺いまして。ご一緒しても構わないですか? わたしも、朝の鍛錬を日課にしているんです」




