エピローグ
「ごめんなさい!」
意識を取り戻すやいなや、エミィは起き上がり、頭を下げてきた。
「わたしのせいで、セシリアちゃんとイサムさんに迷惑をかけてしまって……」
「エミィちゃんは悪くないですよ!」
「セシリアの言うとおりだ。エミィは乗っ取られていたのだからな」
「けど、わたしが『魔の血統』じゃなかったら、オルディスが顕現することはなかった」
俺たちの励ましは通じず、エミィの瞳は涙でにじんでいく。
「どうして、わたしは人間じゃないんだろう? どうして、魔族の血なんかが流れているんだろう?」
「エミィちゃん……」
「わたし、わたしが大嫌い! わたしなんて、生まれてこなければよかった!」
声を震わせてエミィが吐露する。聞いているこちらの胸が張り裂けそうなほど悲痛な叫びだった。
泣きじゃくるエミィの姿に、セシリアまでもが泣き出しそうな顔をする。
「ずっと考えていたことがある」
俺はエミィの両肩にそっと手を置き、膝を突いて視線を合わせた。
悲しみでくしゃくしゃになったエミィの顔を、まっすぐ見つめる。
「セシリアは『魔の血統』に誘拐されたことがあるのだが、その男はもともと悪人ではなかった。信じていた友に裏切られたことで、人間を憎むようになったのだ」
ヴァリスのことだ。
セシリアを捕らえた際、ヴァリスは己の過去を打ち明けた。ヴァリスが悪人になったきっかけは、友人の裏切りだった。
ヴァリスの過去は、ひとつの真理を示している。
「人間だからといって善人とは限らぬ。『魔の血統』だからといって悪人とは限らぬ。その者を悪人へと変えるのは、憎しみであり、悲しみであり、諍いなのだ」
ヴァリスの過去を知り、俺は思った。
争いでは真の平和は築けない。築かれるのは憎しみの連鎖だ。それは、俺や、俺の友たちが目指していたものではない。
真に目指すべきは共存なのだ。
「エミィ。きみは優しい。俺とセシリアのために戦い、俺とセシリアのために嘆いた。俺たちが人間であろうと構わずに。自分が『魔の血統』であろうと構わずに」
過去の争いをなくせはしない。共存への道は果てしなく遠いだろう。
それでもここで、平和の種は芽吹いている。
「種族の垣根を越えて、きみは俺たちを思ってくれた。きみならば、『魔の血統』と人間が共存するための旗印になれる」
エミィが目を見開く。
ヘマタイトの瞳からこぼれた涙を、俺は優しく拭った。
「きみとの出会いを誇りに思う。きみは希望なのだ、エミィ」
「う……うぅ……っ」
エミィが嗚咽を漏らす。
ボロボロとこぼれゆく涙。
しかし、その涙の意味は、先ほどとは異なるだろう。
「エミィちゃん」
もらい泣きをしながら、セシリアがエミィを抱きしめる。
「わたしのこと、大好きって言ってくれましたよね? とってもとっても嬉しかったです」
「セシリア、ちゃん……っ」
「エミィちゃんが自分のことを好きになれなくても、わたしはエミィちゃんのことが大好きですよ」
「ひ……ぅ……っ」
セシリアの胸に顔を埋め、エミィがわんわんと泣きわめいた。
エミィの頭を優しく撫でながら、セシリアも静かに涙を流す。
俺は確信した。
このふたりの姿こそが、俺が目指す真の平和なのだと。
☦ ☦ ☦
とある教会の一室に、ふたつの人影があった。
中背細身の女のものと、中肉中背の男のものだ。
「『デモン・プラウド』が壊滅したそうだよ、ユーラ」
部屋の中央にいる男が、窓際に立つ女にそう伝える。
男が身につけているシャツ。本来なら右腕が通っているはずの場所は、窓から吹いてきたそよ風にひらひらと揺れていた。
「ティファニー=レーヴェンが統率していた組織ですね。手を下したのは彼ですか?」
「ああ。きみの想像通りだ」
男が頷く。
「二〇〇年前の世界からやってきたらしいけど、その話は本当みたいだね。エミィ=アドナイを器として顕現したオルディスを、彼は退けたそうだよ」
「……そうですか」
男の話を聞いた女が窓の外へと視線を向け、身にまとうシスター服の胸元に手を当てる。
彼女の瞳には、どこか物憂げな色がたゆたっていた。
「『剣聖』イサム。あなたなら、この残酷な運命からわたしを救ってくれますか?」