策謀と哀願と友達――10
ティファニーさんが右の刃を振りかぶる。
落下の勢いを乗せて斬撃を放つつもりだ。
それを待っていました!
わたしはセイバー・レイを掲げ、膝をわずかに曲げて重心を落とす。
ティファニーさんが刃を振り下ろした。
刃が迫るなか、わたしは剛により膂力を高め、審眼によりタイミングを見極める。
剣身に刃が触れた瞬間、わたしはセイバー・レイを傾けた。
刃がセイバー・レイの剣身を滑る。
受け流し。
斬撃の向きを変えられ、ティファニーさんの体勢が崩れた。
ティファニーさんが瞠目して――
「あなたの考えくらいお見通しよ」
ニタリと笑う。
ティファニーさんが滞空したままぐるりと一回転した。
本来、体勢を崩したのなら地面に倒れるほかにない。しかし、ルーラー・テンペストの飛翔能力を用いれば、宙に留まることができる。
ティファニーさんは、体勢を崩したことによる隙を飛翔能力で強引に潰し、わたしに追撃を見舞おうとしているのだ。
「オアー・ドラゴンとの一戦で受け流しは見ている! おまけにあんなにもわかりやすく構えられたら、狙いなんて丸わかりよ!」
嘲笑とともに、ティファニーさんが左の刃を振るう。
縦の回転斬りが繰り出された。
狙いはわたしの左腕。食らえば、『聖母の加護』でも癒やせない重症を負う。
「経験不足が徒になったわね、セシリアさん! 痛い目を見て後悔するといいわ! オルディス様に逆らった愚かさをね!」
わたしの腕を斬り落とさんと刃が迫る。
わたしが浮かべたのは笑みだった。
「ようやく欺けました」
一歩分のサイドステップ。
振るわれた刃が空を切る。
ティファニーさんが愕然とした。
「なっ!? い、いまのタイミングで避けられるはずが……!!」
「ええ。気づいてから動いたのでは避けられなかったでしょう」
「なら、どうして……っ」
「簡単です。攻撃されることがわかっていたからですよ」
ティファニーさんが突撃してきたとき、わたしは受け流しのためにセイバー・レイを構えた。受け流しをすることが見え見えなほどわかりやすく。
オアー・ドラゴンとの戦いで受け流しを見ているティファニーさんは、今回も使うつもりだと察するだろう。
そのうえで、狡猾なティファニーさんはこう考えるはずだ――『受け流しが成功すれば相手は油断する。油断したところをつけば確実に倒せるだろう』と。
ティファニーさんがハッとする。
「まさか……受け流しを餌にして、わたしの攻撃を誘ったっていうの!?」
「はい。上手くいってよかったです」
以前、イサム様から『意地悪になればセシリアはさらに伸びる』とのアドバイスをいただいた。『実戦では相手を出し抜く狡猾さも必要になる』と。
我ながら、随分と意地悪になったと思う。イサム様から教えをいただかなければ、この境地にはたどり着けなかっただろう。
イサム様に感謝しながら、わたしは右脚を一歩引いた。
その足を軸に回転。
同時にセイバー・レイを脇に構え、回転斬りの体勢に入る。
受け流しで崩した体勢を整えるため、ティファニーさんは宙での一回転を行った。
そのおかげでわたしへの追撃を繰り出せたが、強引すぎる動きによりバランスは完全に乱れている。
わたしの回転斬りを、ティファニーさんは避けられない。
「やられはしないわ!!」
回避は不可能だと悟ったティファニーさんが、両の刃を体の前でクロスさせた。
刃に風が集い、渦巻き、圧縮されていく。
結果、風は高密度の空気層となり、刃にまとわりついた。並大抵の斬撃では傷ひとつつけられない。それどころか、逆にセイバー・レイが断たれるだろう。
「無駄です」
それでもわたしは確信していた。
この一撃を、ティファニーさんは防げないと。
丹田で練った魂力をセイバー・レイの剣身にまとわせる。
思い描くのは、魂力により刃が研ぎ澄まされていくイメージ。
武具の威力・耐久力を上げる武技『練』。
そう。今日までの鍛錬で、わたしは練を修得していたのだ。
剣身にまとわせた魂力により、セイバー・レイのオーラが色味を変えた。鮮やかなオレンジ色から、まばゆいばかりの黄金色へと。
それは、イサム様をして「『剣聖』の一太刀に等しい」と言わしめた剣戟。
最硬すらも斬り伏せる絶対の斬撃。
わたしはセイバー・レイを振り抜いた。
「『金剛両断』!」
一文字。
金色の剣閃。
ルーラー・テンペストの双刃があっさりと断ち切られた。
「バカな……っ!!」
信じられないとばかりに、ティファニーさんが顔を強張らせる。
騙されていたとはいえ、味方だと思っていたティファニーさんを斬るのは複雑だ。
それでもためらってはいられない。ティファニーさんは紛れもなく敵なのだから。
心を鬼にして、わたしはセイバー・レイを上段に掲げた。
「これで終わりです!」
袈裟懸けの一撃。
ティファニーさんの体に斜めの残痕が走る。
「が……ぁ……っ!!」
ぐるりと白目を剥き、ティファニーさんが倒れ伏した。
ふぅ、と息をつくと同時、全身に疲労がのしかかってきた。一瞬の油断も許されない状況で斬撃を凌ぎ続けていたのだから、仕方ない。
「けど、休んでいる暇はないんです」
荒くなった息を整え、上着の袖で顔の汗を拭い、わたしは振り返った。
視線の先には、五〇〇は下らないだろうモンスターの群れ。
そのなかで刀を振るい続けるイサム様の姿。
イサム様が敗れるとは思えない。けれど、イサム様が相対しているのは、かつて勇者パーティーを苦しめた魔将だ。わたしがどれほどの力になれるかはわからないけど、黙って見ていることなんてできない。
「それに、エミィちゃんを助けるって約束しましたからね」
キッと眉を上げ、わたしはイサム様に加勢するべく走り出した。