策謀と哀願と友達――9
わたし――セシリア=デュラムは苛烈な剣戟にさらされていた。
斜め上から振り下ろしの斬撃が見舞われる。
わたしはセイバー・レイを構えて凌ぐ。
直後、わたしの視界から斬撃の主が消えた。
瞠目するなか、背後から聞こえる風切り音。
反射的に身をかがめると、寸前までわたしの首があった場所を刃が通過していった。
連撃は終わらない。
首狩人は身を翻し、宙を旋回。縦に円を描き、死鎌のごとき一閃を放つ。
バックステップで回避すると、地面に残痕が走った。
「手も足もでないみたいね、セシリアさん!」
攻撃の手を一旦緩め、ティファニーさんがわたしを見下ろす。
セイバー・レイは届きそうにない。ティファニーさんは宙に浮いているからだ。
ティファニーさんが装着している顕魔兵装――『ルーラー・テンペスト』は飛翔能力を有していた。
ティファニーさんは縦横無尽に空を駆け、風のごとき速度で斬撃を繰り出してくる。まるで嵐のなかにいる気分だ。
「残念でしょうけど容赦するつもりはないの。一気に決めさせてもらうわ!」
ルーラー・テンペストの両翼が広がった。
大気が爆ぜる。
大気の爆発を推進力として、ティファニーさんが突っ込んできた。その速度はわたしの疾風すらも凌駕している。
右から、斜め上から、背後から、左から――人間にはできないような方向転換を繰り返し、ティファニーさんが斬撃を繰り出してきた。
息もつかせぬ連続攻撃。
わたしは神経を張り詰めさせ、ギリギリで防ぎ、凌ぎ、避ける。
一瞬でも気を抜けば死は免れない。何度となく間一髪が続く。
極限のプレッシャーにより、わたしの全身は汗まみれになっていた。
それでも、いまは耐えるときです!
ふっ! と強く息を吐き、さらなる集中へと沈む。
審眼を全開にして、無限に続くような斬撃を凌いでいく。
「防戦一方ね! ほら! ちょっとは反撃してみなさいよ!」
頬をつり上げながらティファニーさんが挑発してきた。
乗らない。
防御のみに意識を割き、振るわれる刃をひたすら防ぐ。
「このままじゃ負けちゃうわよ! 一矢報いたらどう!?」
なおもティファニーさんが挑発してきた。
乗らない。
防御のみに意識を割き、振るわれる刃をひたすら避ける。
ティファニーさんが歯を軋らせた。
「なにスカしてんのよ、小娘が!!」
上空に舞い上がり、ティファニーさんが両の刃を振るう。
大気が唸り、風の刃が無数に放たれた。
さながら蜘蛛の巣のごとき、風刃の網。
わたしは審眼と疾風を併用し、風刃の網に抗った。
豪雨のように乱れ来る風刃を、高速のステップワークで回避する。
大地がえぐれ、破片が舞い、それすらも切り刻まれ、砂煙が発生した。
完全には避けきれず、わたしの肌にはいくつもの裂傷が刻まれる。
歯を食いしばって痛みに耐え、なんとかわたしは風刃の網をやり過ごした。
砂煙が晴れる。
いくつもの傷を負ったわたしを見て、ティファニーさんがにやりと笑う。
が、その笑みは続かなかった。『聖母の加護』によって、わたしの負った傷が見る見るうちに癒えていったからだ。
「しぶといやつ……とっとと諦めなさいよ!!」
ティファニーさんは明らかに苛立っていた。
防御に徹する選択が間違いではなかったと、わたしは確信する。
焦れる気持ちはわかります。追い詰められていたのはわたしだけじゃなく、ティファニーさんもだったのですからね。
ティファニーさんの連続攻撃は苛烈を極めた。わたしには凌ぐだけで精一杯だった。
しかしそれは、どれだけ攻めようと凌ぐことはできるという意味でもある。
全力をもってしても、わたしを仕留めることができない。きっとティファニーさんは焦ったことだろう。
だからこそ、わたしを挑発してきたのだ。わたしに反撃させて、隙を作らせようとしたのだ。
ティファニーさんの思惑にわたしは気づいていた。だから挑発に乗らず、防御に徹した。
つまりは我慢比べなのだ。我慢の限界を迎え、強引な攻めに出たほうが不利に陥る。
わたしはこの勝負の勘所を見極めていた。
だから、笑ってみせる。
ふてぶてしく笑って、ティファニーさんの苛立ちをあおり立てる。
「諦めさせたかったら、やってみせてください」
「舐めてんじゃないわよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ティファニーさんが激昂し、突撃してきた。
我慢比べはわたしの勝ち。天秤が傾いた。