策謀と哀願と友達――8
「はじめはこの器の試しといこうか」
オルディスがバンパー・アンデッドを夜空に掲げる。
バンパー・アンデッドの砲口から三つの光弾が放たれた。
光弾は天へと飛んでいくことはなく滞空し――突如として爆発するように膨れ上がった。
膨れ上がった光弾から、鳳のごとき両翼が広がる。
翼を得た光弾は、その姿を四足獣へと変えていった。
鷲の頭部。獅子の胴体。鋭いかぎ爪を持つ前足は猛禽のもの。
天空の猛獣『グリフォン』だ。
グリフォンの一体が甲高いいななきを上げ、翼をはためかせる。
びょうびょうと風が荒れ狂い、刃となって放たれた。
飛来した風刃を、俺は右へ跳んで回避する。
直後、豪速で迫ってきたグリフォンが前足を振るった。
ナイフよりも鋭い爪が、俺を掻き切らんとする。
対し、俺は刀で半月を描いた。
グリフォンの爪の側面に刀身を添える。
いなし。
刀の動きに従えられたかのごとく、グリフォンの爪が軌道を変え、虚空を薙いだ。
グリフォンの攻撃は終わらない。
鷲の頭部を突き出し、くちばしで俺を貫こうとする。
俺は右脚を軸にして反時計回りにターン。
くちばしによる刺突をすれすれで躱し、ターンの勢いのままに刀を振るう。
「まずは一匹」
一閃。
破魔。
逆風の太刀。
グリフォンの頭部が跳ね飛び、灯火が吹き消されるように消滅した。
続いて二体目のグリフォンが降下してきた。
矢のごとく迫り来るグリフォンに対処するべく、俺は刀を八相に構える。
グリフォンの体が煌々と輝き出したのはそのときだ。
俺は思い出す。
ホークヴァン魔導学校の演習場にて相対したエヴィル・クリムゾン。やつの分身体がこのグリフォンのように輝いた際、起こったのは紅蓮を伴う爆発だった。
あのグリフォンはもともと、バンパー・アンデッドから放たれた光弾だ。必然、砲弾としての効果も有していると推測される。
ならば、グリフォンが輝いているのは――
「自爆攻撃か!」
察し、俺は後方に跳び退った。
直前まで俺がいた場所にグリフォンが突っ込む。
炸裂。
秘められたエネルギーが解き放たれ、青白い爆発が生じた。
大気が揺さぶられ、大地が震撼する。
鼓膜をつんざくほどの轟音。
視界を染め上げるほどの光量。
その爆光を突き破り、三体目のグリフォンが突進してきた。
二体目のグリフォンによる自爆攻撃。その目的は目くらまし。本命は、三体目のグリフォンによる突進だったのだ。
後方に跳んでいるため、俺の重心は後ろに傾いている。この体勢ではグリフォンの突撃を避けられない。
グリフォンが俺を突き殺すべく速度を上げる。
「そう来るだろうと思っていたぞ」
焦らない。
グリフォンの突進を予測していたからだ。
二体目のグリフォンは、俺に接近するやいなや自爆攻撃を仕掛けてきた。
だが、本来、自爆攻撃は最終手段。初手で繰り出すものではない。狙いがあるのは明白。
三体目のグリフォンがいることを加味すると、やつらの狙いは連係攻撃だろう。はじめからやつらは、二体掛かりで俺を仕留めようとしていたのだ。
わかっていた。
ゆえに、冷静に対処する。
迫るグリフォンに向け、俺はまっすぐ刀を突き出す。
審眼を用いて動体視力を強化。スローモーションになった視界のなか、グリフォンのくちばしに刀の腹を添えた。
手首を返し、同時に腕を振り上げる。
いなし。
グリフォンの頭部が跳ね上げられた。
グリフォンの眼が驚愕に剥かれる。
俺は刀を返し、無防備にさらされたグリフォンの喉元に斬り込んだ。
「破ぁっ!」
破魔。
魔力の要を断たれ、グリフォンが消滅する。
「流石は『剣聖』。見惚れるほどの太刀捌きよ」
三体のグリフォンがあっけなく倒されたにもかかわらず、オルディスが口にしたのは賞賛だった。
その口元に浮かぶのは笑み。笑みが意味するのは余裕。
オルディスは己の力に絶対の自信を持っている。やつの余裕はそれゆえだ。
「試しは終わりだ。本番と行こうではないか」
オルディスの笑みが深まる。
同時、オルディスの周囲に青白い火の玉が浮かんだ。
その数は五〇〇を下らない。
浮かんだ火の玉は、先ほどの光弾と同様、モンスターのかたちに変わっていった。
グロテスクな顔つきをした小鬼『ゴブリン』。
石製の角張った巨体を持つ『ゴーレム』。
長い鉤鼻を持つ、でっぷりとした巨人『トロール』。
三角帽を被り、スコップを手にした小人『ノーム』。
パンデムへの道中、魔導機関車の旅路で遭遇した、最硬のドラゴンこと『オアー・ドラゴン』の姿もある。
俺は顔をしかめた。
「『魂魄隷従』か」
「左様。この鉱山を開発する際に討伐された、モンスターの魂を呼び寄せた」
『魂魄隷従』はオルディスの特殊能力。死者の魂を呼び寄せて配下とする術。呼び寄せた魂を取り込み、己の力を増幅させることも可能だ。
五〇〇を超える配下を従え、オルディスが嗜虐的に口端をつり上げる。
「さあ! 死合おうではないか、『剣聖』!」
「望むところだ、オルディス」




