未来と孤独と救い――10
「なるほど。よくわかった」
ジェームズとポーラからの説明により、いまの世界について少し明るくなった。
そのうえで俺は思う。
「少々困ったことになったな」
「そうですね……」
腕組みして唸る俺に、ジェームズが溜息とともに同意した。
「イサム様は魔力を生成できませんから」
本来、人間は誰もが魔力を生成できる。だが、どういうわけか俺は、魔力を一切生成できない特異体質なのだ。
好物と同じく、ロランとマリーは俺の体質についても子孫に伝えてくれたのだろう。事情を知っているらしいジェームズが、難しそうな顔をする。
「魔導社会は、『人間は魔力を生成できる』という前提で成り立っています。少なくともミロス王国の国民に、魔力を生成できない者はひとりもいません。イサム様は例外中の例外と言えます」
現代の人々は、日常生活からモンスターとの戦闘に至るまで、様々な魔導具・魔導兵装の恩恵を受けているらしい。逆に言えば、魔導具・魔導兵装の恩恵を受けなければ、日常生活もモンスターとの戦闘も、ままならないということだ。
モンスターとの戦闘ならなんとかなる。むしろ、なんの問題もない。俺は、魔族や魔将と――モンスターとは比べものにならない強敵と、戦ってきたのだから。
だが、日常生活となるとどうしようもない。少なくとも、魔導社会で生きていく自信は俺にはない。
魔導具・魔導兵装がまったく使えない俺が、この時代でまともに生活できるのだろうか?
「大丈夫です!」
どうしたものかと悩んでいると、セシリアが勢いよく手を挙げた。
俺、ジェームズ、ポーラの視線がセシリアに向く。
俺たちの視線を一身に受けながら、セシリアは両手をギュッと握り、フンス! と鼻息を荒くして宣言した。
「わたしがイサム様のお手伝いをします! ずっと側でお仕えしますから!」
ダイニングが静寂に包まれた。
セシリアは現代人。当然ながら魔導社会に馴染んでいるだろう。セシリアが側にいてくれれば、俺もこの時代で生活を送れる。
願ってもない申し出だが……セシリアは構わないのだろうか?
「うーむ」と俺が顎に手を当てていると、ガタンッ! と椅子をならしてジェームズが立ち上がった。
「ほほほ本気かい、セシリア!?」
なぜか尋常でないほど動揺していた。
「もちろん本気です。イサム様はわたしたちデュラム家の大恩人。ご先祖様も、イサム様を支えるよう命じられたじゃないですか」
「し、しかし……」
「それに、イサム様はわたしを助けてくださいました。この恩を返さなければ、ご先祖様に合わせる顔がありません」
「だ、だが……」
断固として意見を曲げないセシリアに、ジェームズはオロオロするばかりだ。そんな父親の反応に、セシリアが怪訝を得たように首を傾げる。
「お父さんはどうしてそこまで慌てているんですか?」
「ど、どうしてって……イサム様は男性なんだよ?」
「はい。イサム様は男の方です」
「そしてセシリアは女の子だよね?」
「はい。わたしは女性です」
「女性が男性の側にずっといるというのは……その、父親としてだね……?」
「ジェームズさん」
狼狽するジェームズの肩に、立ち上がったポーラがそっと手を置いた。
「セシリアさんの意見を尊重しましょう」
「き、きみはいいのかい、ポーラ!?」
ギョッとするジェームズに、ポーラはどこかさみしそうな表情で「はい」と答える。
「セシリアさんも一七歳。ご自分で判断できる年齢です。セシリアさんが決めたことなら、応援するのが親というものです」
「ポーラ……」
「ジェームズさん。わたくしたちも子離れしないといけないのですよ」
「そうか……そうだな……きみの言うとおりだ」
ジェームズが涙ぐみ、重く頷いた。
そんなジェームズに寄り添うように、ポーラが小さく頷き返す。
なんだろうか、このやり取りは?
ふたりはなぜこんなにも悲壮感を醸し出しているのだろう? なぜ、我が子を戦地に送り出すような顔をしているのだろう?
よくわからないままでいると、ジェームズとポーラがふたり揃って俺に向き直った。
この上なく真剣な眼差しをしながら、ジェームズとポーラが頭を下げる。
「イサム様。セシリアさんをお願いします」
「私たちの娘を、どうか幸せにしてやってください!」
そんな話だったか?
俺は困惑するほかない。
どうしてそのような頼み事をされるのだろう? 魔導社会でどうやって生きていくか俺は悩み、セシリアが俺の手伝いをすると申し出てくれて……ジェームズとポーラが口にしたのが、『娘を幸せにしてくれ』?
わからん。文脈が飛びすぎている。
セシリアなら現状を把握しているかもしれない。そう思い、俺はセシリアへと目をやった。
だが、セシリアもふたりの言動がつかめていないようで、戸惑った様子で俺のほうを見ている。
俺とセシリアは顔を見合わせ、ふたり同時に首を傾げた。




