捜査と賭博と激突――10
男が瞠目する。
動揺による一瞬の硬直。
その一瞬のあいだに、俺は男の眼前まで来ていた。
このままバンパー・アンデッドを破壊する!
俺は大上段に刀を振りかぶった。
そのとき、視界の端にひとつの影が映る。
たなびく紫の長髪。
ティファニーだ。
「すあっ!」
地を這うほどに体を沈めたティファニーは、男の背後に回り込み、スラッシャーを閃かせた。
ふたつの風音。
男の膝がガクンと崩れる。
どうやらティファニーは、男のアキレス腱を断ったらしい。
体を支えることができなくなった男が、後ろ向きに倒れ込んだ。
ティファニーが息をつき、額の汗を拭う。
「ただいま駆けつけました、イサムさん!」
「ああ。ウォルスたちは大丈夫なのか?」
「はい! 上はもう制圧しましたよ!」
「それは重畳だ」
俺が微笑みを見せると、ティファニーもニカッと口角を上げた。
俺とティファニーが笑い合うなか、倒れた男がうめき声を漏らす。
「まるでゾンビですね、このひと」
「顕魔兵装に乗っ取られているらしい」
「人間を乗っ取るなんて……恐ろしい代物なんですね、顕魔兵装って」
ティファニーが顔をしかめた。
男はなおもうめきながら、バンパー・アンデッドの砲身を俺たちに向けようとする。
「させませんって!」
ティファニーがバンパー・アンデッドの側面を蹴り、男の反撃を防ぐ。
そのままティファニーは、流れるような動きで男を組み伏せた。
「こいつはわたしが抑えておきます! イサムさんはセシリアちゃんの加勢に!」
「うむ。頼んだ」
男をティファニーに任せ、ディーンの攻撃を凌ぎ続けるセシリアのもとへ、俺は駆けだした。
「ムッ!?」
俺の接近に気づいたディーンが魔銃を構える。
魔銃の銃口が俺を捉え、ディーンが引き金に指をかけた。
だが、遅い。
神速をもたらす武技『縮地』を用い、俺は一瞬でディーンとの距離を殺す。
信じられないものを見たかのように、ディーンが目を剥いた。
すれ違いざま、俺は刀を一閃させ、ディーンの魔銃を割断する。
常人ならば、自分に起きていることが受け止められず思考停止するだろう。
しかし、大組織を束ねているだけはある。ディーンは違った。
魔銃を破壊されるやいなや、もう片方の手に握った魔剣で俺に斬りかかってきたのだ。
凶刃が迫る。
俺はうろたえなかった。
ただ一言。
「任せたぞ、セシリア」
「はい!」
力強く答えたセシリアが、俺に迫る魔剣を狙ってセイバー・レイを振るった。
そう。セシリアは、ディーンの注意が俺に向けられたのを見逃さず、死角から接近していたのだ。
「――っ! 小娘風情が……っ!」
「散々やられたお返しです!」
それまでの鬱憤を晴らすように、セシリアが鋭い横薙ぎを見舞い、忌々しげに歯がみするディーンの魔剣を断つ。
これでディーンは丸腰。
もはや勝負は決まったようなもの。
「終わりだ、ディーン」
俺は最後の一撃を放った。
袈裟懸けの斬閃が、ディーンの左肩から右脇腹までを裂く。
「があぁああああああああああああああああああっ!!」
苦悶の絶叫を上げ、ディーンが地面に倒れ伏した。
悶え苦しむディーンを見下ろし、俺は刀を振って刀身に付着した鮮血を払う。
「悪行には報いがつきものだ」
刀を鞘に戻しながら、俺はいさめた。
「選ぶ道を間違えたな、ディーンよ」