未来と孤独と救い――9
「美味い!」
「お口に合ったようでなによりです」
「ああ! これほど美味いものは食ったことがない!」
ダイニングに案内された俺は、セシリアの両親――ジェームズとポーラに、夕飯を振る舞ってもらっていた。
テーブルに並ぶ何枚もの皿。二〇〇年前では見たこともない料理の数々。
そのどれもが絶品で、俺はバクバク、ガツガツ、ムシャムシャと、一心不乱にかき込んでいる。
俺の食べっぷりが無作法すぎるためだろか、給仕を務めるメイドがポカンとしていた。
「すまぬな、ジェームズ。作法がなってないだろうが、俺はマナーに疎いのだ。許してほしい」
「お気になさらず。イサム様に美味しく召し上がっていただけなければ、意味がありませんから」
「助かる」
おおらかな笑顔で許してくれたジェームズに感謝して、俺は食事に戻る。
ロランとマリーが子孫に伝えてくれたらしく、もてなされた料理はどれも、俺の好きな魚料理だった。進歩したのだろう調理技術も相まって、『美味い』という言葉では足りないくらい美味い。料理を口に運ぶ手が止まらない。一時たりとも止めたくない。
並んだ料理をあっという間に平らげ、「馳走になった」と合掌すると、ジェームズたちは至極嬉しそうに破顔した。
「人心地ついた。こちらに飛ばされてから、なにも口にしていなかったのだ」
「それは大変でしたね」
「ああ。硬貨も使えぬものだから苦労した」
気遣わしげに眉を下げるポーラに、俺は苦笑してみせる。
「何分、いまの世界についてなにも知らぬのでな。よければ教えてほしいのだが、構わないだろうか?」
「もちろんでございます」
ジェームズが鷹揚に頷き、ポーラとセシリアがそれに倣う。「助かる」と歯を見せるように笑い、俺は訊いた。
「まず、街中を走るトロッコのような乗り物がずっと気になっていたのだが……」
「『魔導車』のことですね。あれは魔力を原動力とする乗り物です」
俺は「ほう!」と目を丸くする。
「驚いたな。そのような乗り物は聞いたことがない。加えて、あれほどの数が走っているとは……」
魔法の威力・効果は、費やした魔力量と、術者の魔法力に比例する。術者の魔法力が高いほど、費やした魔力量が多いほど、魔法の威力・効果は上がるのだ。
この基本原則を踏まえると疑問が浮かぶ。
魔導車は馬を超える速度で走っていた。それも複数名の人物を乗せて。
重量と速度を考えるに、相当な魔法力・魔力量が必要になるはずだ。にもかかわらず、魔導車は何台もビュンビュンと街を走り回っていた。
「この時代の者たちは、皆、魔法の才に恵まれているのか?」
「そのようなことはありません。伝え聞く限りでは、二〇〇年前の方々のほうが、優れていたそうです」
ジェームズの答えに俺は首を捻る。
だとしたら、魔導車の性能はどこからくるのだろうか?
俺の疑問を察したように、ジェームズが再び口を開いた。
「魔導車の性能が高いと思われたのは、『魔導機構』が用いられているからでしょう」
「聞き慣れない単語だな。現代の技術のことか?」
「ええ」とジェームズが首肯する。
「魔導機構とは魔石を用いた技術です。魔力との親和性が高い魔石に、『魔法式』という情報を組み込むことで、魔法よりもはるかに少ない魔力量・魔法力で、魔法よりもはるかに高い効果を生み出す仕組みです。詠唱の必要もありません」
「なんと! 二〇〇年前では考えられん技術だ!」
「魔石に組み込める魔法式がひとつだけで、特定の術式しか発動できないのが欠点ですが、それ以外は魔法より優れているかと。この、魔導機構が用いられた道具・機器は『魔導具』と呼ばれています。魔導車はそのひとつなのです」
驚愕しつつ、俺は思い出した。セシリアの誘拐犯が持っていた武器にも、魔石が用いられていたことを。
「魔導機構は武器にも用いられているのか?」
「『魔導兵装』のことですね」
魔導兵装――セシリアの話でも出てきた単語だ。やはり武器のことだったか。
「イサム様の仰る通り、魔導兵装は魔導機構を用いた武器です。魔力量や魔力指向性の調整が必要になるので、魔導具より扱いは難しいですが、従来の武器とは比べものにならない効果・威力を発揮します」
「たしかに、あれほど強力な武器は俺の時代にはなかった」
誘拐犯は筒状の魔導兵装でファイアボールを連発していた。仮に奴らが二〇〇年前に飛ばされたら、大魔導師ともてはやされるだろう。それほどに魔導兵装は優れている。
「魔導兵装は『モンスター』を討伐するために発明されたものです。魔王と魔族の脅威は去りましたが、モンスターまでいなくなったわけではありませんからね」
苦笑いするジェームズに、「そうだな」と俺は同意した。
モンスターは、この世界に古くから生息する、獣の上位種。魔族とは別物だ。
魔族のように、意図的に襲うことはないが、縄張りへの侵入や食糧不足などが原因で、人間に牙を剥くことがある。
やはり、現代でも力は必要なのだ。
「ですが昔と比べると、魔導兵装のおかげで、モンスターの討伐はだいぶ容易になったそうですよ?」
ジェームズの話をポーラが継ぐ。
「魔導機構を発明されたフィーア様とリト様には、感謝が尽きません」
「フィーアとリトが?」
「ええ。お二方が力を合わせられて発明されたと、そう伺っています」
「そうか……」
自然と俺の口角は上がっていた。
――フィーア。ロランたちを、人々を、その聡明さで導いてくれ。
――その技術は、魔王を倒すため、世界をよりよくするために使ってくれ、リト。
ふたりとも、俺との約束を果たしてくれたのだな。
フィーア、リト、感謝する。お前たちは、たしかに人々を導き、世界をよりよくしているぞ。
「魔導機構の発明は、世界のあり方を大きく変えました。わたくしたちは日常生活からモンスターとの戦闘に至るまで、様々な魔導具・魔導兵装の恩恵を受けており、現代は『魔導社会』と呼ばれているのです」




