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異世界恋愛・短編

卒業パーティーで王子から婚約破棄された公爵令嬢、親友のトカゲを連れて旅に出る〜私が国を出たあと井戸も湖も枯れたそうですが知りません・短編版

作者: まほりろ

「公爵令嬢アデリナ・シュトローム貴様との婚約を破棄する!

 貴様が公爵令嬢であることを鼻にかけ、俺の真実の愛の相手である男爵令嬢のイルゼ・シャオムをいじめた!

 よって国外追放を命じる!」


赤い髪を振り乱し、ルビーのような真っ赤な目を釣り上げ、第一王子カーリン・ブラーゼが言い切った。


「カーリン様、あたし怖かった……!」


ふわふわの桃色の髪に愛らしい顔立ちのイルゼ嬢が、ピンクの瞳にいっぱいの涙を浮かべ、豊満な胸をアホ王子の腕に押し付ける。


「オレがついてるから大丈夫だよ、イルゼ」


カーリン・ブラーゼ(アホ王子)は鼻の下をのばし、イルゼ嬢を抱きしめた。


「王子殿下との婚約破棄、承りました」


アホ王子が、私がどのような方法で男爵令嬢のイルゼ嬢を虐めたかを鼻息荒く語っている。


アホ王子は、私がイルゼ嬢を噴水に突き落とし、イルゼ嬢を階段から突き落とし、イルゼ嬢のお弁当に虫を入れたと言っている。


私には全く身に覚えがないことなので、適当に聞き流す。


学園に入学してからアホ王子は、華奢で小柄で愛らしい外見のイルゼ嬢に夢中。


王子は整った顔立ち以外、なんの取り柄もないポンコツ。


中身空っぽ同士、実にお似合いだと思う。


冤罪でも何でもいい、アホ王子との婚約を破棄できるなら大歓迎だ。


卒業パーティに参加していた学生も先生も、王子と男爵令嬢の真実の愛を妨げ、男爵令嬢を虐めていた(濡れ衣)私が、断罪されるのを笑顔を浮かべ見物している。


「王子殿下、婚約破棄の書類にサインしてください」


王子とイルゼ嬢が学園でイチャイチャしているのを見た日から、いつかこんな日が来ると思って婚約破棄に必要な書類を持ち歩いていた。


まさか卒業パーティーで大衆の面前で婚約破棄されるとは思わなかったが、顔と身分しか取り柄がない怠け者で浪費家で浮気者のアホ王子と縁が切れるのは、とても嬉しい。


アホ王子と婚約して五年、厳しい王子妃教育に明け暮れた。


王子妃教育の合間に、アホ王子に割り振られた書類を代わりに片付け。


学園に入学してからは生徒会会長をしているアホ王子に代わり、生徒会の仕事をこなしてきた。


そして、手柄は全てアホ王子に盗まれてしまった。


その苦労の日々も今日で終わる。


どうせならもっと早く婚約を破棄してほしかったわ。


感極まって私の瞳から涙がこぼれる。


それを見たアホ王子とイルゼ嬢が、何か勘違いしたようです。


「アデリナ、今更後悔しても遅いぞ!」


「婚約破棄されて人前で泣くなんてみっともないです〜」


誰が顔しか取り柄のないアホ王子と、胸のでかさしか取り柄のないビッチ令嬢のために泣くか!


しかしこの二人に、私が涙を流した理由を説明してやる義理はない。


私はアホ王子の署名入りの婚約破棄の書類をポケットにしまい、


「ごきげんよう、王子殿下、イルゼ嬢。

 もう二度とお会いすることはないでしょう」


優雅にカーテシーをして踵を返した。


悪者の私が去ったあと、卒業パーティの会場から歓声が沸き起こり、卒業生がアホ王子とビッチ男爵令嬢をたたえている声が聞こえたが、今の私には関係のないことだ。




☆☆☆☆☆




家に帰り父と継母にアホ王子に婚約破棄された事を告げる。


父は激怒し、

「勘当だ! 今すぐ家を出ていけ!」

と言った。


継母は、

「人前で婚約破棄されるなんて、公爵家の恥ですわ!」

と言って私を罵倒した。


「そうですか、お父様は私を勘当するのですね、承知いたしました。

 では親子の縁を切る書類にサインしてください」


婚約破棄でも勘当でも、口頭で言われたことなど当てにならない。


後々面倒なことにならないように、証拠を取っておかなければ。


「よくもこんなときに冷静に、親子の縁を切る書類など出せるな!」


「本当に可愛げのない子ですわ!」


父はぶつぶつ言いながら、親子の縁を切る書類にサインした。


母が亡くなってすぐ、父は愛人だった女と結婚した。


それから十年の時間が経過した。


この十年、継母には色々な嫌がらせをされたわ。


寝ている間に針で刺されたり、バケツの水を頭からかけられたり、お茶のとき熱々の紅茶をかけられたり……。


五年前に王子の婚約者になってからは、肉体を傷つけられることは減った。


その代わり精神を傷つけられる事が増えた。


毎日嫌味を言われ、パーティに着ていく予定のドレスを破られ、学園に提出する宿題を隠され……地味に辛かった。


今日でこの二人との縁が切れると思うと、嬉しくてたまらない。


私は親子の縁を切る書類をポケットにしまい。


「ごきげんよう。公爵閣下、公爵夫人」


嫌味を込めて父と継母を【公爵閣下、公爵夫人】と呼びカーテシーをして部屋を出た。



☆☆☆☆☆



「クヴェル聞いて!

 ついに王子から婚約破棄されたわ!

 両親からも勘当されたのよ!」


自室と言う名の屋根裏部屋に帰ると、青色のトカゲが出迎えてくれた。


クヴェルは手乗りサイズの可愛いトカゲ。


私の唯一のお友達だ。


「ちゃんと婚約破棄の書類と親子の縁を切る書類にサインさせたよ!

 偉いでしょ褒めて!」


「うん、偉いね。よくやった」


クヴェルが私の肩に乗り、私の頬をなめてくれた。


「ちゃんと人型で褒めてよ」


「はいはい」


クヴェルは私の肩から床に飛び降りた。


次の瞬間クヴェルの体がキラリと光る。


私は眩しさに思わず目を閉じてしまう。


目を開けると、目の前にサラサラの青い髪と、サファイアの瞳の十二〜十三歳の見目麗しい少年が立っていた。


人型のクヴェルは、白磁のようにきめ細かく美しい白い肌に高貴な顔立ちの、生足半ズボンが似合う、ピチピチの美少年なのだ。


「わーい! 人型のクヴェルだぁ〜〜!」


クヴェルを抱きしめ、その場でくるくると回る。


「苦しいよ。アデリナ」


「ごめんね、人型のクヴェルを見るの久しぶりだから嬉しくて」


クヴェルは私が拾って育てたトカゲだ。


クヴェルと出会ったのは三年前。


王宮の庭の隅でカラスにいじめられていたクヴェルを拾い、家に連れて帰り治療した。


それから毎日ご飯をあげて、傷を消毒して、こまめにお世話をした。


一カ月ほど経過したある日、トカゲが絶世の美少年に変身し「ありがとう」とお礼を言ったのだ。


儚げな美少年の笑顔の眩しさに、当時の私はノックアウトされた。


以来、クヴェルは私の一番の親友。


屋根裏部屋でクヴェルと共同生活している。


クヴェルは仲間とはぐれ、行くところがない。


これはもう私が一生クヴェルの面倒を見てあげるしかないでしょう!


「そんなことより、アデリナここでのんびりしていていいの?」


クヴェルが人型からトカゲの姿に戻る。


残念、もう少し儚げな美少年姿のクヴェルを堪能したかったのに……!


「そうだったわ!

 アホ王子から国外追放を命じられ、元お父様と元お義母様から家を出ていくように言われていたんだった」


私は卒業パーティーで着ていた赤いドレスを脱ぎ捨て、動きやすいシュミューズドレスに着替え、フレンチジャケットを羽織った。


部屋にあった私物……といっても着替えの服ぐらいしかないけど……を古ぼけた小さな鞄に詰めた。


書斎を出るとき、身につけていたアクセサリーは継母に没収された。


アホ王子の婚約者という立場だったので、パーティーの度にドレスやアクセサリーは王宮から贈られてきていた。


それらの物はパーティーが終わると、継母に没収されていた。


なので私の部屋にはお金になりそうなものは、何もない。


「さっきまで着ていた赤いドレスを置いてっていいの?

 売れば少しはお金になるんじゃない?」


クヴェルが尋ねる。


「アホ王子から貰った物なんて、何一つ持っていきたくないわ」


正確にはこのドレスはアホ王子からの贈り物ではない。


アホ王子の名義で王家から贈られてきたものだ。


本来なら婚約者が相手のドレスを選ぶのがマナーだが、浮気症の王子が私の為にドレスを用意するわけがない。


その証拠に、

「よくそんなセンスのないドレスが着れるな? 誰の趣味だ?」

と何度もアホ王子に言われた。


「あなたの母親か侍従の趣味でしょうね」とはさすがに言えなかった。


「私にはクヴェルがいてくれる。それで充分よ!」


トカゲの姿のクヴェルを抱きしめる。


「苦しいから、トカゲの姿のときは手加減して」


「ごめん、ごめん」 


クヴェルが可愛くて、つい力いっぱい抱きしめてしまった。


クヴェルをジャケットのポケットに入れ、住み慣れた部屋を後にした。


屋敷は不気味なほど静かで、私が屋敷を出るまで幸いにも誰にも会わなかった。


実母が生きていたときの使用人は、継母に首にされた。


今いる使用人は皆継母の味方だ。


会えば嫌味を言われるのがオチなので、誰にも会わずに屋敷を出られてラッキーだわ。


公爵家の外門をくぐり外に出たとき、私はとてもさっぱりした気分だった。


ようやくすべての悪縁を断ち切れたわ。


お金もないし、行く宛もない。


だけど、公爵家にいるよりは百倍ましだ。


ここにとどまっていたら、私がいなくなって公務が滞ったことに気づいたアホ王子が、私を迎えに来るかもしれない。


元お父様と元お義母様なら、金さえ貰えればあっさりと私を売り飛ばすだろう。


私は公務をするだけの側妃として、一生王宮に幽閉される。


そんな人生はゴメンだ!


私は自分の手で人生を切り開く!




☆☆☆☆☆





「さてとクヴェル、これからどうしようか?」


「もしかしてアデリナ、君は何も考えずに家を出てきたの?」


ポケットから出てきたクヴェルが、私の肩に乗る。


「ヘヘへ〜」


「笑ってる場合じゃないよ。

 公爵令嬢として厳しい王子妃教育に耐え、王子の仕事や生徒会の仕事を黙々とこなしていた、切れ者のアデリナはどこに行ったの?」


「あれはまぁキャラといいますか。

 仕事を終わらせないとご飯貰えなかったし……」


母が亡くなってからの私は、「公爵家の令嬢」というキャラと、「王子の婚約者」というキャラを必死に演じてきた。


背筋を伸ばし凛と前を向いていないと、敵に足元をすくわれそうで怖かった。


素の自分を晒せたのは、親友のクヴェルの前だけ。


「なら取り敢えず西に行こうよ。

 川を渡れば隣国のリスペルン国に行ける。

 この国に長居はしたくないだろ?」


「クヴェルの言うとおりね。

 アホ王子や元お父様と元お義母様に連れ戻されても面倒だし、さっさとこんな国出ましょう!」


五年間婚約していた王子に婚約破棄され、親からは勘当され、おまけに時刻は夕暮れ、場所は暗く深い森。


こんなとき凶悪なモンスターに遭遇したら、普通の少女なら怖くて泣いてしまうだろう。


普通の少女ならばの話だ……私には当てはまらない。


突風(ガスト)!」


襲いかかってくるオークの群れを風魔法で退治した。


私が呪文を唱えると、強い風が巻き起こりオークを一掃した。


王宮の訓練で魔法を使ったけど、そのときより魔法の威力が上がっている。


私って実戦に強いタイプなのかな?


「王子妃教育に魔法学の授業があって助かったわ。

 アホ王子はサボっていたみたいだけど」


「魔法を操るには努力も必要だけど、魔法を操るセンスが重要だからね。

 それか神や精霊の祝福とかね」


「ふーんそっか。 

 じゃあポンコツ王子は真面目に授業を受けたとしても、魔法を使いこなせなかったわけね」


あのあんぽんたんのボケカス王子は、勉強がまるで出来ない。


出来ないのなら努力をすればいいのだが、アホ王子は努力が嫌いで怠けてばかりいた。


アホ王子が持っているのは王族の地位と権力、それと母親譲りの美貌だけだ。


「それより魔物が魔石に変わったはずだよ。

 魔石を拾おう」


「魔石? 魔物の体から出てきた赤い石のこと?」


退治した魔物の体は霧となって消え、赤い石だけが残された。


「そうだよ。

 魔石は売ればお金になるから旅をするなら集めておいた方がいい。

 アデリナは今無一文だからね」


魔石はお金に変わるのね。


なら旅をするには絶対に必要ね。


「そうよね、旅の資金は必要よね。

 運よく旅の資金ゲットできちゃった!

 オークの群れちゃんありがとう!」


魔石を拾い集め袋に入れる。


旅を初めて一時間で、魔石を十個も手に入れたのはラッキーだ。


「それに魔石にルーン文字を刻めば色んな能力を付与することができる。

 魔石にルーン文字を刻むのは凡人には不可能だけど、アデリナなら出来るはずだよ」


「へー」


クヴェルは難しいことを知っているのね。


もう少しクヴェルの話を聞こうとしたとき、私のお腹がぐーと音を鳴らした。


お腹が空いた。


そういえば朝から何も食べていなかったわ。


「今は宿を探すのが先ね。

 ねぇクヴェル、街道沿いにあるのは大きな街だけで、村はないのよね?」


街道沿いに村がないのには三つの理由がある。


一つ、街道沿いに村を作ると街道に農地の面積を持っていかれる。


二つ、街道を通る馬やロバに畑の作物を食べられてしまう。


三つ、村人は知らない人に村の周りをうろつかれたくない。


以上の理由から、村は街道から外れた細い道の先にある。


その代わり街道沿いには旅人の為の宿泊施設【宿駅】がある。


宿駅は宿屋兼、雑貨屋兼、酒場だ。


街道を通る旅人のために近隣の村人が運営している。


宿駅によっては、近隣の村の特産品なんかも扱っていたりする。


「取り敢えず宿駅を探しましょう。

 ご飯も食べたいし、お風呂にも入りたいし、ふかふかのベッドで眠りたいわ」


「そうだね」


幸いなことに一時間ほど歩いたら宿駅に着いた。


しかも個室が空いてる。


今日の夕食は私の好物のビーフシチュー! ついてる!


宿代として赤い魔石の一つを出したら、宿駅のおじさんが驚いていた。


宿駅のおじさんに、

「お嬢さんは若いのに、冒険者なのかい?」

と聞かれた。


面倒なので、

「ええそうよ、まだ駆け出しだけどね」

と答えておいた。


赤い魔石一つで金貨十枚分(銀貨百枚分)の価値があった。


私は赤い魔石一つを銀貨九十五枚と、銅貨五十枚に交換し、宿代として銀貨五枚を支払った。


宿屋のおじさんは干し肉をサービスしてくれた。


金貨は貴族や大商人しか持っていない、平民が持っていると怪しまれる。


使いにくいので銀貨と銅貨に変えてもらえて助かった。


「魔石一つがこんなにお金になるなんて知らなかった」


ベッドの上でごろごろしながら、袋から取り出して魔石の数をかぞえる。


「赤い魔石は残り九個、これだけあればリスペルン国に行ったら家を借りられそうね」


魔石、様々だわ!


魔石の一つにキスする。


あっこれもとはオークだった、うげぇ。


「夕食も美味しかったし、デザートは大好物のアップルパイだったし、お風呂もお部屋も綺麗だし。

 クヴェルちゃんといるといいことばっかり起こるね!」


思えば、アホ王子と婚約していたときは苦労ばかり、不幸続きだった気がする。


アホ王子の公務や生徒会の仕事は押し付けられるし、

学園や街ではアホ王子と男爵令嬢の真実の愛を引き裂いた悪者にされるし、

元お父様には「王子の心一つ満足に捕まえられないのか!」と罵られるし、

元お義母様には「あなたが私の視界に入るだけで腹が立つのよ!」と言われ虐待されるし。


家を出てから幸運続きなのは、アホ王子や毒親との縁が切れたからとしか思えない。


「それにしてもオークの魔石が金貨十枚に変わるとは思わなかった」


「アデリナは勘違いしてるようだけど、夕方遭遇したのはオークじゃないよ。

 オークの上位種のオークキング」


「えっ? そうなの? 

 でも私の風魔法で簡単に倒せたよ?」


オークキングはオークと違い、力も強く、体力もある、簡単に倒せないはずだ。


オークキングに遭遇した旅人や冒険者は死を覚悟する。


オークキングは、それほど危険なモンスターなのだ。


しかしオークキングの出現率はそんなに高くないはず。


そのオークキングが群れで現れるなんて……スタンピードが起きる前触れかしら?


そんなわけないか、ブラーゼ国でスタンピードなんて何年も起きてないし。


たまたまよね。


しかもそのオークキングを、風魔法で一掃してしまった私っていったい?


私の風魔法の威力ってそんなに強かったかしら?


先週王宮で魔法学の授業を受けていたとき先生から、

「アデリナの風魔法ならオークなら簡単に倒せますね。しかしオークキングを倒すのは難しいでしょう」

って言われたばかりなのに……。


こんなに短期間で魔法の威力が上がることなんてあるのかしら?


考えられる可能性は一つしかない。


私が何らかの理由で精霊の加護を受け、それにより私の魔法の威力が飛躍的に上昇した……。


でも私、精霊の加護なんて受けてない。


精霊か……身近にいるそれらしい存在はクヴェルしかいない。


人型に変身できる人語を話すトカゲ。


前々からクヴェルが普通のトカゲではないとは思っていた。


でもクヴェルは私の唯一の友達なので、そのことには触れずに来た。


クヴェルが精霊で、私が家を出てから、私に何らかの加護を与えたのなら、この状況の説明がつく。


「あのねクヴェルちょっと聞いてもいい?」


「なぁに? アデリナ」


トカゲの姿のクヴェルが小首をかしげる。


可愛い! ハグしたい!


クヴェルの可愛さに惑わされてはいけない、真相を突き止めなくては!


「クヴェル、私が()()()()()()()私に何かした?」


「何かって?」


「その……加護の力を与えるとか」


トカゲの精霊(推測)であるクヴェルが、私に何らかの加護を与えたとしたら、私の魔法の威力が短期間で跳ね上がった現象にも説明がつく。


「僕はアデリナが()()()()()()()は、アデリナに何もしてないよ」


「そう、ごめんね変なことを聞いて」


クヴェルがトカゲの精霊というのは、私の中ではかなり有力な説だったんだけどな。


私の勘違いだったのかしら?


だとしたら、魔法の先生が適当なことを言っていたことになる。


魔法の先生も実際にオークキングと戦ったことがなかったのだろう。


それっぽい事を言って、教え子を調子に乗らせないようにしていただけかもしれない。


ふぁああ……考えていたら、眠くなってきた。


今日はいろいろあって疲れたわ。


「僕はただアデリナが()()()()()()()、ブラーゼ国の国民に付与していた幸福の加護を消滅させ、幸福の加護をアデリナに集中させただけだよ」


クヴェルが枕元で何か言っていたけど、眠すぎて私の頭には入って来なかった。




☆☆☆☆☆





――クヴェル視点――



僕とアデリナが出会ったのは三年前、アデリナが十五歳の時だった。


神界を出て人間の国を遊び回っていた僕は、うっかりミドガルズオルムとバジリスクが大量に住んでいる洞窟に迷い込んでしまった。


辛くもミドガルズオルムとバジリスクには勝利したけど、僕の身体はボロボロで人型も維持できなくなっていた。


王宮の庭に入り込み、トカゲの姿で休んでいた所をカラスの襲撃にあった。


魔力を失った状態ではカラスにすら勝てない。


もうだめだと思ったところを、美しい少女に助けられた。


金色の髪にエメラルドの瞳の見目麗しい少女。


少女の名はアデリナと言い、美しいだけでなく、優しくて聡明な乙女だった。


アデリナが看病してくれたおかげで、僕は元気になった。


すっかり傷が癒えた頃、アデリナに尋ねた。


『アデリナ、何か願いはある? 

 僕に叶えられる願いならなんでも叶えてあげるよ』


僕を助けてくれた、美しく聡明で心温かい少女に何か恩返しがしたかった。


『カーリン王子の婚約者として恥ずかしくないように、学問と魔法を極めブラーゼ国に貢献したい。

 カーリン王子の婚約者としてブラーゼ国の民を慈しむ心を持ち続けたい。

 私はカーリン王子の婚約者として、ブラーゼ国の民が心から安らかに暮らせることを願います』

  

アデリナは慈しみのこもった笑みを浮かべ、そう答えた。


抽象的な願いだから叶えようかどうしようか迷った。


それよりも僕はアデリナに婚約者がいたことがショックだった。


結局僕はアデリナのひたむきさにうたれ、アデリナの魔法の才能と学問の才能を伸ばすことにした。


民の幸せを願う優しいアデリナの為に、ブラーゼ国の民の幸福値をあげる魔法をかけた。


僕に才能を伸ばす魔法をかけられたアデリナは、彼女自身の努力も加わりメキメキと魔法の腕を上げた。


一年後、アデリナは魔法の師を超える魔法の使い手になり、また学業においては学年で首席を取るほど賢くなった。


その結果、皮肉なことに怠け者の王子から嫉妬されるようになり、王子の仕事や生徒会の仕事を押し付けられるようになった。


国民は幸福値が上がってもその事に気付かず、当たり前のように幸福を享受した。


国土の半分が砂漠のせいでブラーゼ国では、一年に数回水不足に陥る。


僕はこっそり魔法で雨を降らせ、水源である湖を潤した。


井戸水に砂漠の砂が混ざることがあるので、井戸水に浄化の魔法をかけた。


国土の半分が砂漠のせいで、ブラーゼ国の空気は埃っぽい。


だから空気にも浄化の魔法をかけた。


しかしブラーゼ国の民は、住みやすくなったことに気づかず、当たり前のようにその状況を享受した。





二年前、アデリナに付いて城に行ったことがある。


僕はアホ王子に見つかり、アデリナの目の前で、窓から捨てられた。


僕は飛べるから良かったようなものの、五階から落とされたら普通のトカゲなら死んでる。


部屋に戻ると僕が死んだと思って泣いてるアデリナの隣で、アホ王子はヘラヘラと笑ってた。


アホ王子は僕に気付かず部屋を出ていった。


アデリナをわざと泣かせてあざけ笑うような奴が王子なんて、ブラーゼ国は終わってると思った。


アデリナを泣かせる奴は僕の敵だ、絶対に許さない。





学園に入学してからすぐ、アホ王子が男爵令嬢と浮気した。


ブラーゼ国の国民は、浮気者の王子とビッチな男爵令嬢を「真実の愛で結ばれた二人」と言って褒めたたえ、アデリナを二人の仲を引き裂く悪女に仕立てた。


学園の生徒も教師も民衆も、アデリナを「真実の愛で結ばれた二人の仲を引き裂こうとする冷血公爵令嬢」と言って罵った。


アデリナの父親は「王子の心一つ掴めない無能」と言ってアデリナを罵り、アデリナの継母は「気取っているから浮気されるのよ、いいざまだわ」と言ってアデリナをあざ笑った。


アデリナを虐げるブラーゼ国の国民にも、アデリナをいじめる公爵と公爵夫人にも、嫌気がさした。


でもアデリナはそんな状況でも黙々と仕事をこなし、誹謗中傷に耐えていた。


『クヴェル、私を連れて逃げて!』


アデリナがそう願ってくれたらどんなによかったか。


だから僕はアデリナが王子の婚約者として頑張っている間は、ブラーゼ国の為に魔法を使うと決めた。


だけどひたむきに努力してきたアデリナを、王子はあっさり切り捨てた。


公爵も公爵夫人もアデリナの苦労を知ろうともせず、婚約破棄されたアデリナを勘当し家から追い出した。


もともと嫌いだったアホ王子と、公爵夫妻がもっと嫌いになった。


アデリナはもうアホ王子の婚約者じゃない。


アデリナの願いは【カーリン王子の婚約者として】だったから、あのときの願いは無効だ。


アデリナからアホ王子との婚約が破棄されたと聞いたとき、僕はブラーゼ国の民にかけていた、幸福値を上げる魔法を解除した。


ブラーゼ国の国民に付与していた幸福の加護を消滅させ、アデリナだけに幸福の加護を与えた。


ブラーゼ国の国民には少しだけ魔法の威力が上がる魔法をかけていたがそれも解除して、魔法の威力が上がる加護をアデリナに集中させた。


アデリナに加護の力に付いて聞かれたときはドキッとしたけど、僕はアデリナが()()()()()()()アデリナに加護の力を与えてない。


アデリナが()()()()()()、加護の力を与えたんだ。


だからアデリナには嘘は言ってない。


ブラーゼ国の水源の湖と井戸の水が干上がらないように、三年間定期的に雨を降らせてたけどそれも止めた。


水と空気が美味しくなるように、浄化の魔法を使っていたけどそれも止めた。


モンスターが増えすぎないように、ときどき砂漠や森に行ってモンスターを間引いてたけど、それももうやらない。


アデリナを虐げたアホ王子と公爵夫妻。


アホ王子と男爵令嬢のついた嘘を信じ、アデリナの悪口を言った国民……みんな大嫌いだ。


アデリナが去ったあと、ブラーゼ国がどうなろうと僕の知ったことではない。


これからはアデリナの為にしか僕の力は使わない。


僕はアデリナの為だけに生きる。




☆☆☆☆☆





――第一王子視点――



オレはこの国の第一王子に生まれ、蝶よ花よと育てられた。


面倒な仕事は全部婚約者のアデリナに押し付け、オレは可愛い恋人のイルゼと楽しく過ごしていた。


イルゼは桃色のふわふわした髪に、愛らしい顔立ちに女らしく従順な性格で、華奢な体だが胸は大きくて、エッチな要求にも応じてくれたので最高だった。


アデリナも金色の髪に緑の瞳の美人だが、お高く止まっていて、手さえ握らせてくれない。


顔を合わせれば説教ばかりしてくるし、なにかにつけて見下してくるし、なんとも腹が立つ女だった。


その上、トカゲが友達だという変わり者。


アデリナが一度だけ、青色の薄汚いトカゲを城に連れてきたことがあった。


トカゲに向かって微笑むアデリナが鬱陶しかったので、トカゲをつかみ窓から投げ捨ててやった。


アデリナの奴「クヴェルを返して!」と言って、泣きながら怒っていたな。


気の強いアデリナを泣かせることができて、胸がスカッとしたのを覚えている。


あれ以来アデリナはトカゲの話をしなくなった。


トカゲは窓から落ちたとき死んだんだろう。


薄汚いトカゲの一匹や二匹、死んだからってこの国には何の変化もない。


俺のストレス解消の役に立って死ねたのだ、トカゲも本望だろう。


トカゲしか友達がいない変人でも、頭でっかちでも、アデリナは公爵令嬢だ。


簡単には婚約破棄できない。


そこで俺は、俺とイルゼを真実の愛で結ばれながら身分の差に引き裂かれ結婚できない悲劇のカップルに、アデリナを嫉妬に狂いイルゼをいじめる悪女に仕立てた。


恋愛小説や芝居で俺達をモデルにした話を描けば、民衆は俺とイルゼの恋を応援し、悪女であるアデリナを非難した。


そうして評判の落ちたアデリナに、卒業パーティーで婚約破棄を突きつけた。


教師も生徒も小説やお芝居で描かれたことを事実だと思っている。


卒業パーティの場に、アデリナに味方する奴は一人もいなかった。


まさにアデリナにとって四面楚歌の状態、いい気分だ。


公爵令嬢の分際で、王族である俺に説教を垂れたりするからそんな目に遭うんだ。


俺に婚約を破棄されて泣いているアデリナの姿を見て、気分が高揚した。


アデリナは泣くほど俺を好きだったのか? 

俺も鬼じゃない。


アデリナは美人だしスタイルもいい、俺の代わりに仕事をするなら、アデリナを愛人にしてやってもいい。


でもそれは今じゃない。


アデリナを愛人にするのは、アデリナが俺に説教したことや、俺の可愛いイルゼを蔑ろにしたことを、たっぷりと反省してからだ。


俺に婚約破棄されたアデリナは傷物、縁談の話など来ないだろう。


万が一に備えアデリナに求婚する者が出ないよう、裏から手を回しておこう。


婚約破棄してから三年も経過すれば、アデリナは行き遅れ。


婚期を逃したアデリナに側室の話を持ちかけたら、奴は泣いて喜ぶはずだ。


その頃にはアデリナの高慢な性格も治っているだろう。


もしアデリナが三年経過しても高慢な性格のままなら、拳を使って従順な性格になるよう教育するだけだ。


アデリナよりも、今はイルゼのことが気がかりだ。


イルゼは男爵家の娘だから、今の身分のままでは俺の正室にはなれない。


父上と母上が国内視察から帰ってきたら、イルゼとの結婚を願い出よう。


イルゼを高位貴族の養女にして、それから王室に嫁がせよう。


イルゼは愛らしい見た目で、天真爛漫な性格だ。


父上も母上も、イルゼに会えばきっと彼女のことをきっと気に入るはず。


イルゼとの婚約パーティーは豪勢に行おう。


イルゼの為に新しいドレスを作ろう、豪華なアクセサリーを買い揃えよう。


イルゼが使う靴や扇子や帽子も必要だな。


忙しくなるぞ。








このときの俺は、アデリナがペットのトカゲを連れて家を出たことを知る由もなく。


イルゼとの新婚生活に胸を弾ませていた。


まさか卒業パーティーの翌日からブラーゼ国が数々の不幸に見舞われ、井戸水が干上がるなんて夢にも思わなかった。


その原因がアデリナの連れているペットのトカゲで、トカゲがブラーゼ国に幸運をもたらす守り神だったと知るのはもう少しあとのこと……。




☆☆☆☆☆



――アデリナ視点――




「ねぇ、クヴェル旅って楽しいね!」


隣国に来てからも私の幸運は続いている。


食事は大好物、旅で出会う人は優しく、魔法の破壊力は抜群!


今日も絶好調!


隣を歩くのは人型になったクヴェル。


青い髪がサラサラと風に揺れ、半ズボンから生える生足が眩しい!


「そうだね」


「今頃、ブラーゼ国の人はどうしてるかな?」


「さぁね、僕たちが考えなくてもいいんじゃない」


「それもそうだね!

 あの国の人はあの国の人で楽しくやっているよね!」


「うん、きっとそうだよ」


「さあ、サクサクとミドガルズオルムを倒しに行こう!」


元気よく手を上げ前に進む。


旅に出て気づいたことがある、私はクヴェルのことが異性として大好きだってこと。


大好きなクヴェルと旅が出来て幸せ。


「今頃、ブラーゼ国では日照りに砂嵐に水不足に喘ぎ、モンスターのスタンピードに苦しんでいるんじゃないかな?

 まあ、僕たちには関係ないけど」


クヴェルが囁くように小さな声で言った言葉は、私の耳には届かなかった。





読んで下さりありがとうございます。

少しでも面白いと思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】で評価してもらえると嬉しいです。

執筆の励みになります。


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この作品の長編版を投稿しました。2025年4月4日

「卒業パーティーで王太子から婚約破棄された公爵令嬢、親友のトカゲを連れて旅に出る〜私が国を出たあと井戸も湖も枯れたそうですが知りません」連載版

https://ncode.syosetu.com/n5735kh/ #narou #narouN5735KH


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【書籍化のお知らせ】

この度、下記作品が書籍化されました。


タイトル:彼女を愛することはない 王太子に婚約破棄された私の嫁ぎ先は呪われた王兄殿下が暮らす北の森でした

著者:まほりろ

イラスト:晴

販売元:レジーナブックス

販売形態:電子書籍、紙の書籍両方 

電子書籍配信日:2025年01月31日

紙の書籍発売日:2025年02月04日


ぜひ手に取って、楽しんでいただければ幸いです。


まほりろ


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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