第9節【王】
カイラートは半ば、焦っている。
さきほどまで座視を決め込んでいたグラナス王が、突如として動き出したからだ。全ての兵を引き連れて、この場から去っていった。
恐らく飛竜隊を討ちに向かったのだろうが追撃に向かう余裕はない。
赤髪の獅子は、容易にこの場を突破させてはくれないからだ。
飛竜に騎乗するカイラートの動きに、グランは平然と対応している。
敏捷な動きで翻弄しようと試みるが、移動する先には常にグランが待ち構えている。近付くことを諦めて中距離から魔術を放とうとすれば、こちらよりも先に剣先から土属性の魔術を放ってくる。巨大な土の矢が、カイラートを襲い掛かっていた。愛騎竜であるヴァルキリーを急上昇させて、それを交わすが屋内のため、高度を上げれないでいる。
「お前の力は、そんな物か?」
こちらを見据えて、グランは次の詠唱陣を錬成させている。その錬成速度が以上に速い。こちらは防戦一方である。
「望み通り、私の本気を見せてやろうッ!!」
護りを固めていても、勝機は訪れそうにはない。ならば被弾を覚悟して、突撃するしかなかった。飛竜隊は、ダイナー帝国の一番槍だ。
如何なる戦場でも、先駆けて敵陣に突入しなければならない。譬えそこが死地であったとしても、敵陣に穴を空けるのが飛竜隊の役目だ。
ヴァルキリーとともに突撃するカイラートを、巨大な土石の槍が襲う。わずかに横に逸れただけで、カイラートは突撃する。左肩を衝撃と熱が襲うが、落竜しないようにしっかりと手綱を腕に巻き付けていた。
鈍痛を襲う左肩とは対照的に、左腕の感覚が麻痺している。全く力が入らない。放てるのは一撃が、限界であるのは明白である。外せば反撃されて、命を喪うこととなるだろう。
槍のさきに全ての魔力を籠めて、突進による一撃を放った。
視界の隅を、グランの剣撃が掠める。
鋭い痛みと、鈍い衝撃が交差する。慥かな手応えを感じたが、グランはまだ倒れていない。
血に塗れるグランの眼には、闘志が宿っている。
――嗟、そうか。この男は王なのだ。その『資質』と『覚悟』が在るからこそ、こんなにも強いのか。
薄れ逝く意識の中で、カイラートに『王』の在るべき姿を視ていた。
すでに自分は落竜して、地に伏している。その自分の上空を、ヴァルキリーは旋回している。見えなくても気配で、それを感じ取ることができた。
これからグランの追撃を受けて、自分は死ぬのだろう。けれどすでに、グランも致命傷を受けている。直ぐに手当てをしなければ、その身体は死に蝕まれてしまう。少なくとも、飛竜隊への追撃は不可能だ。グラナス王の力は未知数であるが、もっとも厄介な男の無力化には成功している。その対価に自分の命を差し出すことは、ほんの少しも惜しくはない。
「何故、そんな顔をする……?」
血を吐きながら、カイラートが問う。
「解らない……」
哀しそうな赤髪の青年の眼には、一筋の泪が流れている。
「確かにこの国は、滅びに向かっている。俺は王として、それを放置することができない。だが……父は、変わってしまわれた。何かに脅えるようにして、俺に王位を譲った。そして、その翌日に……慥かに、父は死んだ」
言っている意味が、理解できない。それに理解したところで、自分は間もなく死ぬのだ。
どうする事もできない。
「王鱗紋はお前に、我が家臣としての力を求めているようだ。殺すには、惜しい。国を裏切れとも、言わない。だから、協力してはくれまいか?」
益々(ますます)、意味が解らない。
「巫山戯たことを、言うな。俺とお前は、敵同士だろうがッ……」
そう言うのが、精一杯だった。
視界がぼやけている。身体の感覚が失われていた。もしも、戦乱の世でなければ、グランに心を赦していたのかもしれない。
死の際に、そんな馬鹿げた考えが過ぎっていた。
「俺は、父を討たねば為らない……」
その言葉を最後に、カイラートの意識は途切れていた。
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