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紅桜歌~獣人の歌と千年の巫女~  作者: 81 MONSTER
第1章《死を率いし者》
7/12

第7節【継承】


 ゾメストイに幽閉されて、すでに三十時間は経過している。


 魔力はすでに、回復していた。牢には簡素(かんそ)だが、ベッドがある。最低限ではあるが、食事も運ばれている。それは決してゾメストイがいうような『情け』や『温情』ではなくて、一つの目的から来るものである事が(うかが)えた。


 皇剣(おうけん)は取り上げられずにいた。その理由も解っている。

 ゾメストイの目的は、王鱗紋(おうりんもん)の継承である。そういう意味では全軍に囲まれた時に、皇剣を起動させていなくて良かった。



 王鱗紋(おうりんもん)の継承には、大別して三つの方法がある。


 一つは宿主から任意で直接、継承する方法だ。エルナスは前皇帝の手によって直接、継承された訳ではない。



 先代の皇帝は、獰猛(どうもう)狡猾(こうかつ)な性格をしていた。兵を(ひき)いて戦に出る時は、先陣突破を常としている。王鱗紋の力に頼らずに、己の魔力を剣に乗せて闘うさまは正に――鬼神。その姿から、阿修羅王(あしゅらおう)の異名で敵国に恐れられている。



 各国の猛者(もさ)を数多く(ほふ)ってきた阿修羅王は、勇猛(ゆうもう)であるが故に戦死した。


 雷の国【トール】との戦での事だ。ダイナー帝国側の兵力が五千人に対して、トール軍側は二万人もの兵をぶつけてきた。別の敵国との戦で疲弊(ひへい)していた所を、トールの軍勢が追撃する形である。故にダイナー帝国側は、窮地(きゅうち)(ひん)していた。


 当時の猛将(もうしょう)たちが殿(しんがり)を引き受けて、阿修羅王を逃がす策を提示するのを無視して、阿修羅王はその身を敵軍に差し出した。


 唐突な阿修羅王の単騎突破は、敵のみならずダイナー帝国側ですら意表を突く形となる。故に兵が動くまでに、(わず)かに誤差が生じた。



 阿修羅王の突撃は、トール軍勢を大きく揺るがす結果となる。そのお陰でトール軍を退(しりぞ)ける事ができたが、阿修羅王は崩御(ほうぎょ)したのである。


 驚くべき事だが、阿修羅王は王鱗紋を起動していない。死地において、己の力のみで闘い抜いたのである。その理由は、皇剣を奪わせないためだ。王鱗紋を起動させた状態で宿主が死ねば、王鱗紋を強制的に継承できるからだ。自らの死をもって、阿修羅は子に『力』の象徴を残したのだ。



 宿主を(うしな)った皇剣を、子であるエルナスは継承した。宿主の血族だけが、王鱗紋を継ぐことが出来るのだ。


 血の継承を()て今日に至るのだが、エルナスには阿修羅の『気性』も不動の『覚悟』も持ち合わせていない。王鱗紋を起動させなかったのも、万が一のための切り札として温存していたからだ。そのお陰で首の皮、一枚で命を繋ぎ止めれているのだ。



「兄ちゃん、辛気(しんき)くさい顔してんなぁ。どないしたねん?」



 不意に声を掛けられて、我に返る。

 昨夜、目の前の牢に新入りが現れた。背中に(こぶ)のついた珍獣である。先ほどまで意識を失っていたようだが、目を覚ましたらしい。



「珍獣が喋った……」



 思わず、漏らしていた。

 見たこともない珍獣の(おとず)れだけでも驚きなのに、その珍獣が言葉を話すのだ。


 ――驚き以外の何者でもない。



「喋ったら、アカンのかッ!!」


 (わず)かに怒気が含まれた声と共に、唾液(だえき)が飛んできている。異臭が鼻腔(びこう)を刺激した。



「珍獣やない。ワイは、ラクダやッ!!」


 二足歩行で立ち上がり、前足の(ひづめ)を胸に打ちつける。



「君は、ラクダという種類の生物なのか?」

「ちゃうッ……ワイの名前が、ラクダや。ラクダとかいう、訳の解らん生き物がおる訳、無いやろッ……アホな事、言うたらアカンでッ!!」



 訳の解らない生物が、訳の解らない生物について談論(だんろんn)している。

 それが余りにも滑稽(こっけい)で、おかしかった。



「兄ちゃん。何、(わろ)うてんねん?」


 不思議そうに、珍獣――ラクダは問う。



「すまない。なぁ、ラクダ?」

「何や。なんか、くれるんか?」



 何も食べていないのに、口一杯に(よだれ)を溢れさせて、くっちゃ……くちゃ……と、粘着質(ねんちゃくしつ)な音を立てている。


 正直にいうと、少し面白い。



「ラクダは、人を乗せて走れるかい?」


 馬に比べれば多少、小さいが乗り物として使えるかもしれない。ラクダとしても、牢から出たいはずだ。



「兄ちゃん。ワイを、()めとんのか?」


 物凄い眼光で、睨まれている。涎が、ボタボタ……と、床に垂れている。



「名前は、何ていうんや?」


 物凄い量の涎が、垂れている。



「エルナスだ……気を悪くしたのなら、謝るよ」


 怒っているのだろうか。物凄い形相だが、むしろ垂れている涎の量の方が恐い。



「先に、ゆうとくけどな。ワイ、めっちゃ強いねんで」


 明らかに、怒っているような素振りだ。並々ならぬ、涎の量である。



「ほんで、めっちゃ走れるがな。毎日、獣王はんのために走っとるがなッ……それやのに、なんでやねんッ!!」


 何やら憤慨(ふんがい)しているようだが、理由までは解らない。

 それよりも、溢れる涎の量に不安を抱いている。鼻腔(びこう)が異臭の刺激に、悲鳴を上げている。



「少し、落ち着けッ……ラクダ。何があったか解らないが、今はひとまず落ち着くんだッ!!」


 これ以上、涎を垂らされては臭くて敵わない。



「これが、落ち着いてられるかいなッ!!」

「うわッ……汚ッ!!」


 涎が飛散してくる。このままでは、不味(まず)い。

 ゾメストイの定めた期日よりも先に、ラクダの涎にやられてしまう。



「そうだッ……ラクダ。ここから、出たくはないか?」

「せやなぁ、出たい。脱走するんなら、手ぇ貸したってもえぇで。その代わり、一つ条件がある」


 少し涎の量が、引いてきたようだ。


「良し、言ってみろ。何でも、聞き入れよう」


 脱走に協力的なのは、非常に助かる。


「ワイを獣人族の集落まで、連れて行って欲しいんや。道案内ならしたる。その代わり、きっちり此処(ここ)から出したるッ……どうや?」


 どのみち、此処(ここ)を逃げれても身を潜めなければならない。獣人族の集落に、(かくま)って貰えるかもしれない。

 悪くない条件である。



「勿論だ。力を、貸してくれないか?」


 涎は完全に、引いたようだ。


「しゃあない、やっちゃなぁ。ホンマは獣王はんか、あの子らしか乗せらんねんけど……乗せたるわ、エルナス」

「ありがとう、ラクダ。なら、脱走の計画を、()らないとな」


 流石に無策で、此処(ここ)から抜け出せるはずがない。


 ゾメストイは王鱗紋(おうりんもん)を奪うために、王鱗紋を起動させる状況に持ってくるはずだ。

 それは詰まり、こちらが脱走しやすい状況を(わざ)と用意してくる事を意味している。ならばそれを、逆手に取るまでだ。



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