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紅桜歌~獣人の歌と千年の巫女~  作者: 81 MONSTER
第1章《死を率いし者》
6/12

第6節【珍獣】


 思えばこれまで、がむしゃらに走ってきた気がする。


 自分は異界から、この世に生を流転(るてん)された身である。如何(いか)なる理由で、この世界に(あらわ)れたのかは定かではないが、畜生(ちくしょう)として生まれ変わっていた。



 最初のころは相当、戸惑(とまど)いはした。


 周囲には珍獣として、奇異(きい)の眼を向けられてきた。本来の姿をしていたころには容易(ようい)にできたことも、今では儘為ままならずに四苦八苦している。苛立(いらだ)ちや劣情(れつじょう)の念を、常に抱える日々であった。



 自分の居場所もなく、行く宛もないままに彷徨(さまよ)い続けていた。


 孤独だけが、自分を埋め続けている。

 そんな中で、獣人族の少女達に出逢(であ)った。


 彼女達は天使のような笑みで、得体も知れない珍獣を迎えてくれた。優しい温もりに触れて、初めて生を得られた気がした。



 ――ラクダ。


 それが彼女達が、自分に与えてくれた名だ。不本意な名ではあったが、それ以上に嬉しかった。

 彼女たちのためならば、命を捨てることですら()しくはないとさえ想えた。


 彼女たちは獣人族の王の娘である。自分は以来、獣人族の王に仕えるようになった。



 主もまた、寛大(かんだい)で優しい心の持ち主である。自分を家臣ではなく、一人の友として迎えてくれていた。


 主のために自分は、身を()にして走り続けた。その道中で歩を止めて、プディングが食べたい、タコヤキが食べたい、などとストライキを起こした事はあれども、その役目を投げ出した事は一度としてない。恩を返さんとばかりに、己の全てを主に差し出して生きてきた。



 ラクダは主を想いながら、死臭が(かお)る城下町を眺めている。死屍累々(ししるいるい)の光景には、哀しみが溢れていた。残された人々の瞳には、絶望が宿っている。戦乱の世にしては珍しい光景ではないにしても、気分が良いものではなかった。ゾメストイが戦火に焼かれて、この世を去っていなければ良いのだが……この国の惨状(さんじょう)を目の当たりにするといささか不安になってくる。



 主が自分を残して去った。


 その理由までは解らないが、主に問いたださなければならない。何処(どこ)に居るかは解らない。だが居なくなる直前、ゾメストイが主の元に現れた。


 闇夜に紛れて突然、現れたかと思うとゾメストイは名乗った。そして二言三言(ふたことみこと)、主に耳打ちした後にまた、姿を消した。ゾメストイが何者なのかは解らないが、主に辿(たど)りつくための数少ない手掛りだ。彼方此方あちこちに聞き込みをした事で、ゾメストイがダイナー帝国の将である事は解った。



 だからこうして、入国してきたのだがこの国は死に絶えようとしている。


 全身の肌が焼け(ただ)れた少女が、幼い子供の亡骸(なきがら)を抱いている。涙は枯渇(こかつ)してしまったのか、その眼には憎しみの炎が宿っている。胸臆きょうおくの底から、訳も解らず怒りが込み上げてくる。


 戦を終わらせる事は、本当に不可能なのだろうか。主は平和を誰よりも望んでいた。



 ――子供達が哀しみを負わない世を、俺は作りたい。


 主のその言葉を信じている。



「何や、お前ら。ワイになんぞ、用でもあるんか?」


 気付けば、兵に取り囲まれていた。

 皆、一様に生気を感じられない。


 数は五人。倒せない数ではない。主に魔術を教わったため、今の自分には闘う(すべ)が備わっている。けれど今は、応戦するのは得策ではない。ゾメストイに会うまでは、大人しくしていた方が良い。



「ゾメストイはんに、会いたいねんけど……お前ら、知らん?」



 兵達は誰一人として、眉一つ動かさない。無表情でただ、うろまなこを向けている。はっきりいって、気色が悪い。

 一言も発さずに、一定の距離を保ってこちらを見ている。



「私に何か、用ですか?」



 不意に、空気が重くなるのを感じた。

 あの時と同様に、ゾメストイは突如として現れた。



「獣王はんに何、吹き込んだねん?」

「おや……貴方(あなた)は、あの場に居た珍獣くんではないですか。態々(わざわざ)、私の元を訪ねてきたという事は、捨てられたのですか?」



 ――カチン、と来た。


 気付けば詠唱陣(えいしょうじん)を展開して、踏み込んでいた。

 全力の(まわ)し蹴りを、その巫山戯ふざけつらに叩き込んでやろうとした途端、ゾメストイは姿を(くら)ませる。



「元気な珍獣君ですねぇ」



 背後から、(あざけ)(わら)う声がした。

 全く、気配が読めない。



「誰が、珍獣じゃ……ボケがッ!! ワイには、ラクダっちゅう立派な名前があんねんッ!!」

「大人しく、寝ていて下さい」


 頭に衝撃を受けて、意識が途絶えてしまった。



読んで下さり、ありがとうございます。

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