第6節【珍獣】
思えばこれまで、がむしゃらに走ってきた気がする。
自分は異界から、この世に生を流転された身である。如何なる理由で、この世界に顕れたのかは定かではないが、畜生として生まれ変わっていた。
最初のころは相当、戸惑いはした。
周囲には珍獣として、奇異の眼を向けられてきた。本来の姿をしていたころには容易にできたことも、今では儘為らずに四苦八苦している。苛立ちや劣情の念を、常に抱える日々であった。
自分の居場所もなく、行く宛もないままに彷徨い続けていた。
孤独だけが、自分を埋め続けている。
そんな中で、獣人族の少女達に出逢った。
彼女達は天使のような笑みで、得体も知れない珍獣を迎えてくれた。優しい温もりに触れて、初めて生を得られた気がした。
――ラクダ。
それが彼女達が、自分に与えてくれた名だ。不本意な名ではあったが、それ以上に嬉しかった。
彼女たちのためならば、命を捨てることですら惜しくはないとさえ想えた。
彼女たちは獣人族の王の娘である。自分は以来、獣人族の王に仕えるようになった。
主もまた、寛大で優しい心の持ち主である。自分を家臣ではなく、一人の友として迎えてくれていた。
主のために自分は、身を粉にして走り続けた。その道中で歩を止めて、プディングが食べたい、タコヤキが食べたい、等とストライキを起こした事はあれども、その役目を投げ出した事は一度としてない。恩を返さんとばかりに、己の全てを主に差し出して生きてきた。
ラクダは主を想いながら、死臭が薫る城下町を眺めている。死屍累々(ししるいるい)の光景には、哀しみが溢れていた。残された人々の瞳には、絶望が宿っている。戦乱の世にしては珍しい光景ではないにしても、気分が良いものではなかった。ゾメストイが戦火に焼かれて、この世を去っていなければ良いのだが……この国の惨状を目の当たりにすると聊か不安になってくる。
主が自分を残して去った。
その理由までは解らないが、主に問い質さなければならない。何処に居るかは解らない。だが居なくなる直前、ゾメストイが主の元に現れた。
闇夜に紛れて突然、現れたかと思うとゾメストイは名乗った。そして二言三言、主に耳打ちした後にまた、姿を消した。ゾメストイが何者なのかは解らないが、主に辿りつくための数少ない手掛りだ。彼方此方に聞き込みをした事で、ゾメストイがダイナー帝国の将である事は解った。
だからこうして、入国してきたのだがこの国は死に絶えようとしている。
全身の肌が焼け爛れた少女が、幼い子供の亡骸を抱いている。涙は枯渇してしまったのか、その眼には憎しみの炎が宿っている。胸臆の底から、訳も解らず怒りが込み上げてくる。
戦を終わらせる事は、本当に不可能なのだろうか。主は平和を誰よりも望んでいた。
――子供達が哀しみを負わない世を、俺は作りたい。
主のその言葉を信じている。
「何や、お前ら。ワイになんぞ、用でもあるんか?」
気付けば、兵に取り囲まれていた。
皆、一様に生気を感じられない。
数は五人。倒せない数ではない。主に魔術を教わったため、今の自分には闘う術が備わっている。けれど今は、応戦するのは得策ではない。ゾメストイに会うまでは、大人しくしていた方が良い。
「ゾメストイはんに、会いたいねんけど……お前ら、知らん?」
兵達は誰一人として、眉一つ動かさない。無表情でただ、虚の眼を向けている。はっきりいって、気色が悪い。
一言も発さずに、一定の距離を保ってこちらを見ている。
「私に何か、用ですか?」
不意に、空気が重くなるのを感じた。
あの時と同様に、ゾメストイは突如として現れた。
「獣王はんに何、吹き込んだねん?」
「おや……貴方は、あの場に居た珍獣くんではないですか。態々(わざわざ)、私の元を訪ねてきたという事は、捨てられたのですか?」
――カチン、と来た。
気付けば詠唱陣を展開して、踏み込んでいた。
全力の廻し蹴りを、その巫山戯た面に叩き込んでやろうとした途端、ゾメストイは姿を眩ませる。
「元気な珍獣君ですねぇ」
背後から、嘲り嗤う声がした。
全く、気配が読めない。
「誰が、珍獣じゃ……ボケがッ!! ワイには、ラクダっちゅう立派な名前があんねんッ!!」
「大人しく、寝ていて下さい」
頭に衝撃を受けて、意識が途絶えてしまった。
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