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紅桜歌~獣人の歌と千年の巫女~  作者: 81 MONSTER
第1章《死を率いし者》
4/12

第4節【異変】


 エアリゼは、(なか)ば焦っていた。


 その理由は、自身の胸に浮かび上がる刻印による物ではない。

 死神のように舞い降りた運命は、無邪気な赤子の声のように鎌首を()き立てる。死が訪れる時は、そう遠くはなかった。けれどすでに覚悟は出来ていたし、残された命を大切な者達のために使いたかった。



 だからこそ、エアリゼは焦っていたのかも知れない。

 不吉な予感が、胸内(きょうない)去来(きょらい)していた。些末(さまつ)な事であったが、心のどこかで引っ掛かっている。



 昔から自分には、不思議な能力ちからが備わっていた。竜の声が聴こえるのだ。

 対面した時は勿論なのだが、時として何もない場所から聴こえる時がある。後者の方は、自分の名を呼ぶのだ。何か言葉を放つのではなく只、名を呼び掛けられるだけである。そう言った時は必ずと言って、何かが訪れる。



 その声の頻度(ひんど)はこれまでは、数年に一度だった。ところが今年に入って、二度目の事である。


 一度目の呼び掛けの時は、自身の胸に《破滅(はめつ)の刻印》が浮かび上がった。それを知った兄は、血相を変えて問い詰めてきた。大慌てで皇帝に謁見(えっけん)して、進言を(てい)していた。

 兄の対応も、皇帝の行動も、極めて迅速(じんそく)であったし適切であった。兄は責務(せきむ)こな(かたわ)らで、帝国中を駆け(まわ)あらゆる文献(ぶんけん)を読み漁っては希望を希求(ききゅう)した。



 皇帝は(ただ)ちに三国会議(さんごくかいぎ)を開いて、各国の王と取り決めを交わした。

 その結果、兄と皇帝の間に差異(さい)が訪れた。表面上では兄は納得していたが、心の奥底にたしかな炎の揺らめきを感じた。


 その感情は、憎しみだ。

 そう確信した時、エアリゼはたしかに竜の声を聴いた。おのれの名を呼ぶ声に、不安をかき立てられたのを憶えている。



「良くぞ、参られた」



 白髪が混じる初老のグラナス王が、僭越せんえつの笑みを投げ掛ける。

 ダイナー帝国より北東に位置する場所。距離にしておよそ三百マイルの場所にある国。そこに千年桜と《(いしずえ)の巫女》に関する書物がある。



 聖地アリアドスには、千年に一度だけしか咲かないと言われる桜が存在する。

 桜の開花の時期が(せま)る時、世界各国の中から数名にある刻印が浮かび上がると言う。刻印が浮かび上がった者から一名が選定されて、千年桜に生贄(いけにえ)として捧げられる。そうしなければ、世界が滅亡すると言われていた。



 五千年ほど前に一度、生贄が捧げられなかった事がある。その時に多くの命が、竜族や死霊(しりょう)の軍勢に奪われたと記されている。

 今期の生贄に、エアリゼが選ばれた。



 すでに覚悟は出来ている。だからこそ、残された時間で多くの希望を残したかった。兄や皇帝のために、残りわずかな命を捧げるつもりでいる。

 今回の任務を通して、千年桜と《(いしずえ)の巫女》の情報を持ち帰りたかった。この先も幾千幾万(いくせんいくまん)もの年月を、誰かが犠牲を払わなければならない。エアリゼはその命を、少しでも多く救いたかった。そのために、自分は動いている。



 ――異国の巫女よ。我が願いを聞き入れよ。



 エアリゼの頭の中を、厳粛(げんしゅく)老婆(ろうば)のような声が響いている。

 アクアグランデに入国して、すでに五度目の声であった。恐らく声の主は、この地を護る水竜皇(すいりゅうおう)である。



 水竜皇の加護を受けたアクアグランデは、小国でありながら、この戦乱の世を耐え忍んでいた。エアリゼは過去に数度、この国を訪れた事がある。その時には水竜皇の声は、聴こえなかった。何か異変がこの国で起きている。そう悟ったからこそ、いやな想像が脳裏を過ぎっているのかも知れない。



 皇帝の(めい)において、グラナス王との謁見(えっけん)を求めている最中であった。エアリゼ自身が所属する飛竜隊も、別室で待機している。少数部隊ではあるが、ダイナー帝国が要する魔導騎士にも引けを取らない。中でも隊長である竜騎将カイラートは、一騎当千に(あたい)する力を有している。


 アクアグランデのような小国であらば、充分に脅威(きょうい)となり得る戦力であった。

 エアリゼの隣りでカイラートもまた、佇立ちょりつしている。武力行使に対する抑制力(よくせいりょく)としては、申し分がない。



 (ゆえ)にグラナス王との謁見(えっけん)は、容易に果たせた。



 もっともそれは、予定していた物とは大きく逸脱(いつだつ)した形でだ。

 グラナス王を囲む兵の数が、余りにも多い。兵の顔には生気が感じられず、まるで死人の群れを連想させる。一団は皆、武装している。グラナス王は笑みを浮かべているが、空洞のような双眸(そうぼう)には、絶望的な闇を感じる。



 悪い予感は的中しているのだろう。

 王が危ない――その考えが頭を()ぎった時、六度目の声が聴こえた。



 ――(ほこら)を訪れよ。



 竜の声に耳を(そむ)けながら、エアリゼはグラナス王を見据(みす)えた。空洞のような瞳には、底知れない闇が潜んでいるように思えた。その(かたわ)らで赤髪の青年が只々、こちらを座視(ざし)している。精悍(せいかん)で整った顔立ちをしていた。


 アクアグランデに入国して、生気が(うかが)える人間を見るのは初めてである。

 この国は今、何かに(むしば)まれたかのように皆、一様に生気が感じられないでいた。



 青年の佇まいからは、微塵(みじん)の隙も(うかが)えない。カイラートやゾメストイにも、引けを取らない実力者だと言うことだけは理解わかる。

 以前に一度、まみえた事がある。アクアグランデの第一王子グラン。それが青年の名だ。好戦的な性格で、獰猛(どうもう)(いくさ)をすることでられている。



 近日中に戴冠(たいかん)されるという情報が、皇帝から直々に伝えられている。

 正当な王位継承者だ。



「それでそなたは、どう言った用向きで参られたのじゃ?」



 さも興味がないと言った様子で、グラナス王が問う。

 グランは微動(びどう)だにせずに、視線だけをこちらに寄越(よこ)している。周囲の兵は死人のように只、うろまなこを向けるだけだ。はっきりと言って、異常な光景である。



「王立図書館の観覧(かんらん)を、許可して頂きたく推参(すいさん)しました。勿論、無償でとは申しません。ドラグナー鉱石、二十キログラムを献上(けんじょう)させて頂きます」



 破格の取引だった。

 ドラグナー鉱石は非常に貴重な鉱石で、王族や勇猛な将しか身に(まと)えない。そのドラグナー鉱石で重装備を一式、揃えてもお釣りがくる量だ。

 軽装備ならば、五式は作れる。


 純粋に戦力の底上げに(つな)がるだけの量であった。



「残念じゃが、期待には()えれぬな」



 (たくわ)えられた顎髭(あごひげ)に手を当てながら、グランに目配(めくば)せを送る。

 言下(げんか)の内に、グランの表情が嬉々(きき)と輝いた。腰に()げた双剣が引き抜かれたのを見て、エアリゼの心搏しんぱくが跳ね上がる。


 どうやら悪い予感は、エアリゼを裏切らなかったようだ。



「戦だッ……。全軍、突撃しろッ!!」



 グランの上げた鯨波ときの声と、カイラートの竜笛りゅうてきの音が重なった。

 一瞬の内に、間合いを詰められていた。気が付けば、グランの左剣(さけん)が振り降ろされようとしている。油断をしたつもりはなかった。純粋にグランとの力量に、天地の開きがあるのだろう。全く反応できない。回避が不可能なことだけは、理解わかった。


 エアリゼが覚悟を決めるよりも、カイラートは素早く反応している。

 槍の切先(きっさき)間髪(かんぱつ)、入れずに受け止めていた。



「いつまで、ほうけている。ただちに、本隊と合流しろッ!!」


 左剣を払い、間合いを広げるために槍を大きく()ぎながら、カイラートは号令を掛ける。

 今は余計なことを、考えている暇はない。



 ――エアリゼよ。祠へ訪れよ。



 又、竜の呼び掛けが、聴こえる。

 不安とは裏腹に、苛立ちながらエアリゼは駆け出した。



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