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紅桜歌~獣人の歌と千年の巫女~  作者: 81 MONSTER
第1章《死を率いし者》
2/12

第2節【記憶】


 ――美しい歌声が、エルナスの心を射止(いと)めている。


 聖地アリアドスに初めて巡礼をした時のことを、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄を()いながら思い出していた。



 美しい歌声に誘われるようにして、桜の花弁(はなびら)が舞い踊っている。桜はまだ満開ではなかったが、その美しさはこの世の物とは思えないほどである。千年に一度しか花を咲かせないことから、千年桜と呼ばれていた。聖地アリアドスの特殊な気候が育んだ千年桜は、花を咲かせてから満開になるまでに、五年から十年の時を(よう)する。千年桜が満開になる年には各国から数名、ある刻印が浮かびあがる。



 千年桜に選定(せんてい)された者は《(いしずえ)巫女(みこ)》と呼ばれ、その中から一人が生贄(いけにえ)としてその命を差し出さなければならない。

 そうしなければ、世界は滅びてしまうのだ。



 今はまだ五分咲きほどだ。

 《(いしずえ)の巫女》が生まれるまでには、数年は掛かるだろう。それまでにエルナスは、覚悟を決めなければならない。生贄(いけにえ)の選定を巡って、必ず争いが起きることになる。そんな覚悟を(たずさ)えて、聖地に訪れたエルナスを迎えたのは、予想とは(はる)かに()け離れた物であった。



 (りん)とした歌声を上げながら、桜の花弁(はなびら)(たわむ)れるように舞う異邦人の女がいた。

 彼女はとても、美しい容姿をしている。吸い込まれるようにして、エルナスは彼女に魅入(みい)られていた。



 桜色に彩る群青(ぐんじょう)の空のような瞳がエルナスを(とら)えて、彼女は舞いながら微笑を投げ掛ける。

 その刹那(せつな)に甘やかな衝動が、エルナスの胸を静かだが激しく締めつけていく。初めて(いだ)くその感情が、皇帝としてのエルナスを確かに変えた。



 幼いころに父が戦死して、エルナスはわずか十歳で戴冠たいかん式を迎えた。それ以来、民を護ることを義務づけられてきた。

 民心を裏切ることなく剣を磨き、魔導のわざを習得し、政治に奔走(ほんそう)している。誰もがエルナスを皇帝として認めて、忠信をあつめていたはずだ。



 だからこそ、エルナスはその想いに応えようと、日々の精進を(おこた)らない。

 その身を犠牲にしてでも、民を護ろうと考えている。自身のことは二の次だ。


 その覚悟が消えた訳ではないが、エルナスは目の前の女に恋慕(れんぼ)の想いを抱こうとしている。

 否、正確にはすでに、魅了されていると言っても過言ではない。



「私の名は、フィオナ。貴方(あなた)は?」


 舞うのを止めて、彼女はエルナスに視線を注いでいる。

 腕章(わんしょう)には見憶(みおぼ)えのない紋章エンブレム垣間見(かいまみ)える。


 鮮やかな色に染め上げられた風の中、エルナスが己の名を名乗ると彼女は瞳を(うる)ませながら笑った。



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