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紅桜歌~獣人の歌と千年の巫女~  作者: 81MONSTER(日本を代表する怪物)ポンコツ犬のタナトス
第1章《死を率いし者》
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第11節【フィオナ】



 ――魂は何処(どこ)に沈み()くのだろうか。




 ()の方に出逢(であ)ってから、そんな考えばかりが()ぎるようになった。民を導く立場にありながら、定めから逸脱(いつだつ)したところに想いを()せる自分が存在する。そんな自分が意外であったし、嫌悪している自分も居る。しかし、初めて抱く感情を、無意識の内に肯定(こうてい)していた。居心地の良いその感情が、自分の()らない自分を次々に引き出していく。




 聖地アリアドスで初めて()った時のことを、今でも良く(おぼ)えている。舞を踊る自分を、エルナスは不思議そうに眺めていた。そんなエルナスが、どこか可笑(おか)しかった。何故(なぜ)だか上がる心音を(おさ)えながら、フィオナは意を決して声を掛ける。そんな自分は、エルナス以上に滑稽(こっけい)であったと思う。二言三言(ふたことみこと)、言葉を交わして去ろうとする自分を呼び止めるエルナスに、伝達手段(でんたつしゅだん)を与えた自分が驚くほどに以外であった。




 エルナスと出逢(であ)って、三年が()つ。幾度(いくど)となく、逢瀬(おうせ)を重ねた。最初の内は、一族にも御忍(おしの)びであった。悪い事をしているようで、罪悪感が胸を()いていたが、何処(どこ)かそれ自体を(たの)しんでいる自分も居た。年月を重ねる(ごと)に、想いは重畳(ちょうじょう)されていった。本能の(まま)に、欲望の(まま)に、エルナスを求めて密会を続けていた。父の放った密偵(みってい)によって、エルナスの存在は露呈(ろてい)するのだが、フィオナは一族を抜け出そうと覚悟を決めていた。




 フィオナは恋をしている。盲目であり、焦熱的(しょうねつてき)な、純然(じゅんぜん)たる恋である。(ゆえ)に全ての感情よりも、無自覚にも最優先させているのだ。




 エルナスの温もりが、法悦(ほうえつ)の想いを(いだ)かせているのは間違いなかった。エルナスの存在が、フィオナに取っては、何よりも大切である。それは一族の長の立場から考えれば、望まれるべき事ではないかも知れない。裏切り行為(こうい)にも、等しかったに違いない。一族の眼を(あざむ)いて、逢瀬(おうせ)を繰り返してきたことは事実だ。けれども()りがたい事に、民の(ほとん)どの者が受け入れてくれた。




 一族の呼称(こしょう)は時代や地域によって変わりゆくが、今は【慈愛の風】と人々に語り継がれている。一族の歴史は古く、五千年もの時を遊牧(ゆうぼく)()として過ごしてきた。国を持たず、定住する土地も持たない。不変(ふへん)(おきて)だけが、一族の証明となっていた。他者とは一切の交わりを持たない。闘う(すべ)はあるが極力(きょくりょく)、争いを避けるようにしてその存在を維持(いじ)している。(ゆえ)に他民族との婚姻(こんいん)は、認められてはいない。()してや一国の王族に恋心を抱くことなど、あってはならなかった。




 変わることを一族は、極端(きょくたん)にさけて、その存在を隠しながら生き(なが)らえてきた。それにも(かか)わらずに、一族の答えはエルナスを受け入れる方向で可決(かけつ)している。それほどまでにフィオナは信頼されているし、何よりもそれ以上に愛されている。だからこそ、フィオナの見染(みそ)めたエルナスを全面的に、一族はサポートすることを認めている。(ゆえ)にエルナスの放った救援信号を受けて、一人の男が兵を(ひき)いてダイナー帝国へと(つか)わされた。




 本当はフィオナ自身がエルナス救出の任に向かいたかったが、立場上の都合で動くことが出来なかった。




「フィオナよ。彼の救出には、チェスターが向かっている。奴の弓の腕前は、一族の中でも群を抜いている。本当は、私が出向く心算つもりだったんだが、エンヤに(ひど)くどやされてしまったよ」



 呵呵大笑(かかたいしょう)の声を上げるゲオルグを見て、自然とフィオナも笑みを()らしていた。



「お父様には、一族を(まも)責務(せきむ)があります。お母様の()()も、仕方がありませんわ」




 一族の(おさ)()と、王鱗紋(おうりんもん)はすでにフィオナは受け()いでいる。それでも大きな取り決めを行う(さい)の最終的な決定権は、(いま)だにゲオルグに(ゆだ)ねられている。実質的な長としての実権は、ゲオルグが握っているといっても過言ではない。(ゆえ)にゲオルグが戦地に向かうことは、望ましくはなかった。




 それにチェスターは、一族でも屈指(くっし)の戦士である。フィオナに取っては優しい実兄(じっけい)であり、父の次に信頼のおける存在であった。



「エルナスはすでに、我々に取っても家族も同然だ。彼を必ず、救い出してみせる。安心して、聖地巡礼に(おもむ)きなさい」




 間もなく千年桜は、満開の時期を迎える。世界の平穏のためには、自分を含めた複数名の巫女が、巡礼をしなければならない。そこで行われる儀式の成否(せいひ)が、世界の存続(そんぞく)を決めると言っても過言ではなかった。




 一族の伝承によると、巫女の祈りが聖地アリアドスの龍脈(りゅうみゃく)(しず)めるとされている。詳しいことは誰も()らないが、巫女たちには特殊な力が宿っていると言われている。過去に数回、聖地を訪れて舞を踊っていたが、千年桜は何も(こた)えてはくれない。




 自分には、世界を救う(さだ)めが()せられている。けれど不謹慎(ふきんしん)にも、意識はエルナスへと向けられている。




 ――魂は何処(どこ)に沈み()くのだろうか。




 その問いの答えが、アリアドスにあるように思えてならない。



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