第10節【グラナス】
「愚か者達よ……死を、受け入れるが良い」
異常な密度の魔力が、グラナス王を包み込んでいる。その質量は飛竜隊を、壊滅状態へと追い込もうとしている。
飛行する飛竜たちが、重力によって地に叩き付けられていく。グラナス王の得体の知れない力が、飛竜の身体を粉砕している。全身の骨が砕ける音。吐き出される夥しい量の血。騎乗していた男の悲壮な表情。阿鼻叫喚を思わせる飛竜隊の悲鳴が、グラナス王の心を甘く撫でている。
死の微睡みほど、居心地の良い物はない。それを知らぬ愚かな者達には、死を以って教えなければならない。
そうする事によって、死に魅了された者は、等しく我が軍門に下るのだ。死した兵や飛竜の骸が、音も立てずに起き上がり始める。最早、自分が手を下す必要もないようだった。
死を纏った兵団が、残る飛竜隊を襲い始めた。恐怖に駆られた人間は恐ろしく脆い。曾ての自分がそうであったように、愚鈍な眼では何も視えないのだ。
「死を受け入れよ。さすれば冥皇さまの祝福が、愚かなお前達をお救いするだろう……」
先程まで味方であった者が死に、敵として蘇ることは動揺と恐怖を生む。迷いや惑いは、隙を生み出して正しい判断力を根こそぎ奪い去ってしまう。最早、彼らは恐怖の傀儡だ。まともに闘える者は、残ってはいない。壊滅は時間の問題である。
此の国は決して、滅びる事はない。
死を以って、生まれ変わるのだ。そのために自分は、冥皇と契約を交わしたのだ。
死を率いし暗黒の皇は、寛大な『抱擁』を自分に与えてくれた。死は等しく、皆を救ってくれるのだ。
先刻、水竜皇を仕留めそこなったのは失敗であったが、間もなく息を引き取るだろう。そうなれば、我が軍はより強固となる。
巫女が一人、水竜皇の元へと向かったようだが、何も出来ぬはずだ。ダイナー帝国はすでに、ゾメストイのクーデターによって墜ちている頃だろう。ゾメストイとは同盟関係にあるため、巫女を殺す訳にはいかないが、放置しておいても問題はなかった。それよりも問題なのは、不肖の息子であるグランの方だ。あれに双竜剣を継承させたのは、失敗であったようだ。
何れは、殺さなければならない。
己に仇為そうとする者には、一切の容赦は与えない。
巫女を聖地アリアドスに踏み入れさせない事を条件に見逃しているが、万が一にも条約を破ればゾメストイとて容赦はしない。冥皇の加護を得るものは、そう何人も必要ない。
今の自分には、素晴らしい力がある。




