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紅桜歌~獣人の歌と千年の巫女~  作者: 81 MONSTER
第1章《死を率いし者》
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第1節【崩落】


 ――何も考えずに貴女(あなた)だけを愛していられれば、どれだけ楽だっただろうか。


 火の手が、あがっていた。


 建国から五千年もの時を栄えてきたダイナー帝国が、終わりを迎えようとしている。

 逃げ(まどう)う人々を、賊軍(ぞくぐん)虐殺(ぎゃくさつ)している。無数の兇刃(きょうじん)と、煉獄(れんごく)のような業火が、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の光景を(いろど)っていく。



 本来であったならば、帝国軍が敵を迎え討つべき事態であった。しかし、軍隊のほとんどが機能しなかった。

 皇帝エルナスをふくめた直属のわずかな兵しか、戦場に(おもむ)いていない。賊軍を指揮している者の正体が、唯一無二の友であることを伝達兵から聞かされて、エルナスはことのすべてを悟った。



 漆黒(しっこく)神将(しんしょう)ゾメストイ。帝国の最高戦力に数え上げられるほどの男がなぜ、謀反(むほん)(くわだ)てたのかは解らない。ゾメストイとは幼いころから、共に剣を(みが)き互いに高め合った仲である。


 いかなる戦場でも、背を預けられる腹心である。

 それなのに、なぜだ。



 賊軍(ぞくぐん)を迎え討つ帝国軍を、背後から魔導騎士団が攻め立てる。

 味方からの挟撃(きょうげき)を受けて、意図もたやすく殲滅(せんめつ)されていく。



「皇帝は、どこだ?」

「見つけ出して、殺すんだッ!」



 押し寄せる大軍が、城下を燃やしていく。

 秘めやかに押し寄せる恐怖が、焦燥感(しょうそうかん)を呑み込んでいる。帝国軍が誇る魔導騎士団が、何の罪もない人々を斬り裂いていく。



 無人の戦車が、火の手をあげている。次から次へと、兵が敵に寝返っていく。戦乱の世に生まれ()ちて、死ぬ覚悟はできたつもりでいた。けれどそれは、敵国とのいくさのなかでのことだ。


 決して、家臣によるクーデターではない。



 このままでは、死んでも死に切れなかった。胸奥(きょうおう)の底から沸き起こる感情が、エルナスを無様(ぶざま)に生へと駆り立てる。

 皇帝としての地位は、すでに失われていた。それでも民を救う責務(せきむ)が、エルナスにはある。だがそれでも、頭のなかを駆け(めぐ)る想いは、別のところへ向けられていた。生きのびようとしている動機は、たった一つの物であった。



 ――貴女(あなた)()いたい。



 只々、()って抱き締めたかった。たったそれだけのことでしかなかった。

 皇帝としては、最低の衝動である。民心(しんみん)を裏切る愚行(ぐこう)を、倫理(りんり)の奥底へと押し込めて、エルナスは無様(ぶざま)に逃げ(まど)うことを選択している。



「皇帝がいたぞ!」

「エルナスを、殺すんだッ!」



 兵士たちの叫び声が、響き渡る。

 こんなところでは死ねない。自分にはまだ、果たすべき約束がある。



 死の風が爆炎を運び込んでいた。錬術(れんじゅつ)詠唱(えいしょう)を強制的にキャンセルして、魔防壁(まぼうへき)錬成(れんせい)する。激しい衝撃が怒号(どごう)を上げて、空気を震わせる。


 周囲の温度が急激に上がったことに()って、皮膚(ひふ)がチリチリとこがされている。酸素濃度(さんそのうど)が急激に下がったことで軽い眩暈(めまい)(おぼ)えるが、朦朧(もうろう)とする猶予(ゆうよ)は与えられていない。今度は呪文の詠唱(えいしょう)(おこた)らずに、舌を転がしながら皇剣おうけんを引き抜く。



 帝国軍の魔導騎士団は、極めて優秀である。

 全軍を単騎で相手取るには、あまりにも無謀(むぼう)な挑戦といえた。迫りくる兇刃(きょうじん)を受け止める。皇剣(おうけん)を通して腕に伝わる衝撃が、相手の剛腕(ごうわん)を教えてくれる。これほどの腕前を持つ優秀な人材であるにも関わらずに、エルナスは相手の名前を知らない。



 皇帝でありながら、れほどの愚行(ぐこう)を重ねてきたのだろう。


 真面(まとも)に斬り合えば、()が悪い。

 すでに後方で三人の魔導騎士が、呪文の詠唱(えいしょう)を始めている。周囲に浮かぶ詠唱陣(えいしょうじん)から見て、合術(ごうじゅつ)を放とうとしているのだろう。



 一人でも討ち()らせば、死は回避不可能となってしまう。すでに錬術(れんじゅつ)第一詠唱(だいいちえいしょう)()えている。

 目前の剛腕(ごうわん)の騎士だけならば討てたが、それでは後方の三人に討たれてしまう。術を放たずに第二詠唱を開始しながら、剣撃を放つ。上下に打ち分けながら、相手の体幹(たいかん)()さぶる。



 わずかかに生まれた(すき)をついて、左手に持つ魔銃(まじゅう)を放つ。

 単発式の古いタイプだが、軽くて小回りが()く。いかずちの砲弾が、剛腕の騎士を優しく抱擁(ほうよう)している。



 短い悲鳴とともに、くずおれるのを確認して、前へと歩を進める。

 すでに後方の三人は、詠唱陣(えいしょうじん)を完成させていた。こちらはまだ、二小節分(にしょうせつぶん)詠唱(えいしょう)が残っている。



 不完全な錬成(れんせい)ではあったが、撃たざるをえなかった。上手く決まれば、三人を討てるだけの火力は期待が持てた。だが外せば、後がない。考えている時間もない。一気に間合いを詰めながら、術を解放する。



 紫電竜(しでんりゅう)行軍(こうぐん)が、敵を()み込んでいく。

 その瞬間、一人が前に出て盾となっていた。衝撃に(まぎ)れて、二人の敵が視界から離脱(りだつ)してしまった。


 左右の側面から、同時に短剣ショート・ソードで斬りつけてきている。

 何とか左翼(さよく)の敵を斬り伏せるが、もう一方の騎士が放った袈裟斬(けさぎ)りを受けてしまう。無意識のうちに後方に飛んでいたのか、致命傷には(いた)らなかった。詠唱陣(えいしょうじん)の浮かぶ左手が、目前で嘲笑(あざわ)っていた。回避は不可能だった。術が放たれる瞬間、脳裏(のうり)()ぎったのは死からは()け離れた物だった。



 ――死にたくない。死ぬ訳にはいかない。



 愛しい人の笑顔が、エルナスを懸命(けんめい)に生へと駆り立てる。


 持てる魔力を()めて、前に出ていた。喰らいつくようにして、皇剣(おうけん)を敵の胸部(きょうぶ)に突き立てる。宿主を(うしな)った魔力が解放されて、その残滓(ざんし)が肌を焼いている。業火(ごうか)のような劣情(れつじょう)が、見苦しくぶざまに死を拒んでいた。



 死にたくない。死ぬ訳にはいかない。何としても生きのびて、約束の地に向かわなければならない。

 こんな地獄で果てて(たま)るか。絶対に、死ねない。胸裏(のうり)の奥で(きら)めく感情だけが、エルナスを動かす薪炭(しんたん)となっている。魔銃の装填(そうてん)をしながら、闇雲に走っていた。街の外に、逃げなければならない。


 四面楚歌(しめんそか)の状況下で、エルナスは逃げ惑うことしかできないでいる。



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