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第五話 交渉術?

◆第五話 交渉術?


「この国の勝利をお約束します」


 永星はその言葉を否定しなかった。

 というよりもセラを呼び出した時点で、永星は全ての交渉をセラに任せてしまった気になっている。


 それに気づいたセラはわずかに眉を寄せつつも、なるべく表情には出さず、更なる交渉に臨むために気を引き締めた。


「どうですか? いち戦力として雇い入れるならこれ以上ないほど強力な傭兵だと思いますよ!」


 見るものの警戒心を薄れさせるような、そんな笑顔を浮かべてセラが言う。

 先程の緊張感との差に、結月も思わずその申し出を受け入れそうになったが、ハッと冷静さを取り戻すと深く考え込んだ。


 ――たしかにセラの申し出はとても魅力的だ。それこそ、その話が全て本当なら今すぐにでも傭兵としてどころか、月守家の家臣として迎え入れたいくらい。


 だが、そんな申し出を手放しで喜べるほど(先程までは強者の来訪を多少喜んでいたが……)、結月も未熟ではない。今は亡き敬愛していた祖父から教えてもらった「魅力的な話は、人を誘い込むための悪魔の囁きだと思いなさい」という言葉が脳裏に蘇る。


(……そうです。三百年以上前の鬼神ですら神話や御伽噺の存在なのに、よりにもよってその三百年後に鬼神の息子だなんて……常識的に考えてありえないじゃないですか。相手に飲まれすぎです、私。確かに、あの威圧は恐ろしかったですが、だからと言ってそれが鬼神の力だと信じそうになるなんて……いや、でもそんな嘘をつく理由がわかりません。もし……もし本当に永星殿が鬼神の息子だというのなら、いったい何を望むために傭兵など……くっ、神の血を引く者の要求など私には想像もつきませんが、きっとそれ相応の対価を要求してくるはずです。でも、永星殿が強者であることに変わりはないわけで、この申し出を断る余裕は私たちには……)


 考えがまとまらないまま結月はセラの隣に座る永星に視線を移す。永星はどういうわけか結月の後方、部屋の天井を見つめていた。


「あの、永星殿はどこを見ておられるのですか?」

「空だ」


 空。

 一言で言い切られた結月はぽかんとしたが、永星の目を見て既視感を覚えた。

 そう、この状況は永星に初めて『見つかった』時に感じたあの不思議な感覚と似ている。


「ちょっと永星さん! 今は大事な会談中だってこと忘れてませんか? 大体、交渉を私に丸投げしておいて自分はよそ見するとか、永星さんは申し訳なさをどこにおいてきたんですか!」

「交渉は俺には向いてない。それに、母さんも俺たち二人で補い合っていけと言っていただろう」

「うぐっ、でもお母様も一人に丸投げしろとは言ってませんでしたよね!?」

「……俺はセラを信じている」

「うっざいですよ!? というか、そんなことを言うならせめて目くらいは合わせてくださいよ。いつまで遠くを見てるんですか」

「……わかった」


 そういうと、永星はどこか遠くを見据えているような目を閉じる。

 一、二秒して目を開けると、永星と結月の目が合った。結月はほぼ反射的にビクンと体を震わせる。両腕は無意識に自らの体を抱いていた。


(どうしてでしょう、永星さんのあの目で見られると、まるで自分が見透かされているみたいです……)


 そんな結月の内心など知らず、永星はその反応に小首をかしげる。


「どうかしたか?」

「『如何なされましたか?』ですよ! け・い・ご! 忘れないでください!」


 永星の不敬な言葉遣いに、すかさずセラのツッコミが入る。


「下界は面倒くさいな」

「はぁ? 永星さん、今更何を言って……」

「だって、こいつらは俺たちよりも弱いだろう。上辺だけ取り繕ったところで何になる? 結局この国は俺たちの要求を拒むだけの力が無いんだからな」

「ちょっと、永星さん?!」


 永星はおもむろに立ち上がると、焦り始めたセラの制止も聞かず、ダンッと乱暴に机を踏みつけた。


「き、貴様ぁあ! 無礼だぞ!」

「――うるさい」


 自分に手をかけようと身を乗り出した厳彰を睨み、怯ませた永星は腰の脇差を奪った。

 サッと永星以外の面々の顔が青ざめる。


「それだけはダメです! お母様との約束を忘れたんですか?!」

「忘れていないし、わかっている。殺しはしないが、これ以上行儀良くするのは……俺には無理だ」

「だからって、刀を奪うのはやり過ぎですよ!」

「いや、きっとこの方が早い。それにセラに任せっきりというのも、確かに悪いからな。俺なりに交渉してみよう」


 抜き身の脇差を担ぐように持ち、永星は結月と向き合う。

 話し合いはできるように威圧は抑えめだが、それでも武器を持ったことでこれまでとは比べ物にならないほど他将の警戒度が上がったのが目に見えてわかった。


 しかし他将が警戒だけして動きを見せないなか、たった一人だけ折れずに咎めようとする者がいた。


 家臣としての矜持からか、はたまた突出した忠義からだろうか、厳彰は刀を構えていた。


「これ以上は捨ておけぬ。貴様は危険だ。鬼神の息子だかなんだか知らぬが、これ以上この国を、姫様の心を乱そうとするならばたとえ刺し違えてでも……」

「うるさいと言っただろう。おまえに用は、ないっ!」


 苛立ちの声と共に振り下ろした脇差は、厳彰が構えた刀を割るように中程から切り落とした。

 続けて、永星は忍者がクナイを投げるように脇差を投擲する。


 放たれた脇差は厳彰の側頭部を掠め、部屋の柱に深々と突き刺さった。


「う……あぁ……」


 尻餅をつき、折れた刀から目を離せず、開いた口から「う、あ」しか漏らさなくなった厳彰を一瞥し、永星は結月の方へと向き直る。


「ひっ……」


 結月から悲鳴が漏れたが、これは仕方がないだろう。


「なぁ総大将。いや、姫サマだったか? まぁともかく、姫サマは強い戦力が欲しいんじゃなかったのか?」

「そ、それは、はい、そうですが……」

「なら何を悩む必要があるんだ? 俺は強い。これは自惚れとかじゃないはずだ。俺を戦列に加えてくれれば、鬼神の息子の名に恥じぬ戦いを見せよう」


 しかしこれだけ言っても、結月の反応は芳しくない。むしろ永星が口を開くたび体を震わせ、すっかり縮こまってしまっている。

 永星も腕を組み、思わずため息をこぼした。


「先ほど、強者の協力の申し出なら断らないと言ったのは姫サマの方だろう」


 この会議が始まった当初は自分を雇い入れることに乗り気だった彼女が、一転して消極的になった理由。

 どのタイミングで心境の変化があったのか、永星はこの会議室での出来事を振り返る。


 そして推測し、一つのキーワードを口に出した。


「……鬼神の息子」

「っ!」

「当たりか、そうだな、姫サマが一転して消極的になったのはそこからだった」


 ビクッとこれ以上ないほどわかりやすい反応をした結月をみて、確信する。

 しかし鬼神の息子だと信じられないというなら、まだわかる。だが、結月は少なくとも永星が強いことは認めていたはずだ。


 それならどうして……


「あ」

「……どうしましたか、永星さん」

「ああいや、母さんが言っていたあの言葉ってなんだったかなと思ってな。ほら「過ぎたる」から始まるアレだ」

「もしかして『過ぎたる力を欲した者は身を滅ぼす』のことですか?」

「そう、それだ」


 やけに不機嫌そうなセラを不思議に思いつつ、永星は結月を指さす。


「……永星殿の言う通りです。少し考えれば、貴方が鬼神の息子だと偽る理由はどこにもないとわかる。だからこそ、神の血を引く者が望む対価が怖くなってしまいました……」

「だが、このままだとこの国は敗北を待つだけだろう。何を躊躇う必要があるんだ?」

「貴方が望む要求がわからないからですよ……貴方の望む対価によっては、ここにいる兵だけで奥牙国に立ち向かった方が国全体にとって良い選択かもしれないので」

「……まるで俺が悪魔か何かのような言い草だな」


 「似たようなものでしょう」とは言わなかった。しかし喉まで出かけていた。

 自国のことを口に出した結月は毅然とした態度を取り戻しつつある。


「そもそも、俺の要求はもう伝えたはずだが?」

「「………………え?」」


 セラと結月の声が重なった。


「い、いつ言いました?」

「いつって、最初にだが」


 結月は会議の最初を思い出すが、永星は要求らしい内容を言っていない。

 しかしセラは何かに気が付いたのか、ハッとした表情を浮かべた。


「永星さん……もしかして、その要求って」

「セラも忘れたのか? 最初に言っただろ? 俺をこの陣営に加えてほしいって」

「「はあ?!」」


 結月は純粋な驚きと戸惑い、セラは呆れの混じった声をあげる。

 当然だ。傭兵として雇われ、戦う代わりに求めるものがこの陣営に加えてもらうことなど、誰が予想できただろう。


 そして確かに、永星は結月と出会ってすぐにこの要求を伝えている。

 ……色々おかしいが、永星のなかでは成り立っているようである。


「よし、これで要求はわかったな? まぁそれでも渋るなら……最初くらい母さんの言いつけを守って行儀良く、穏便に行きたかったが仕方がない」


 今日一番の威圧感が永星から溢れ出す。


「俺を雇ってくれ、断ることは許さない」


 結月は言葉すら出せず、涙目になってコクコクと頷いた。


「よし、交渉成立だな」


 威圧を解く。

 やり切った達成感を感じセラの方へと振り向けば、彼女は微妙な顔をしていた。


「永星さん……それ、交渉っていいませんよ」


 セラはそう呟くと、ため息をついて頭を抱えた。





お待たせいたしました。お待たせし過ぎたかもしれません。

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