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第四話 鬼神の息子


「姫様、お考え直しください。このような怪しい輩を戦列に加えるなど、兵に不信感を抱かせてしまいます!」


 雪羽城の軍議室で、厳彰は一人立ち上がり声を荒げた。


 軍議では結月と厳彰が上座に座り、畳の上に置かれた長方形の机を囲むようにして三名の足軽大将と二名の弓大将、そして一名の槍大将が座る。


 それがいつもの顔ぶれだったが、今日はそこにもう一人。結月と同じくらいの年頃と見られる年若い来訪者、永星の姿があった。


「落ち着きなさい、失礼ですよ。永星殿の実力はあなたも見たじゃないですか。これほどの強者が助力を申し出てくださったのに、私が断る理由はありません」

「ぐっ、しかし! 先ほどの蛮行は姫様もご覧になったでしょう。どこの世界に陣借りしようとする軍の城を荒らす傭兵がいるのですか!? 頭がおかしいとしか言えませぬ!」

「なっ! 言葉が過ぎますよ!」

「いいえ、儂は間違ったことは言っておりませぬ。姫様はもっと人の上に立つものとしての自覚をお持ちくだされ」


 軍議が開始して十数分、姫と重臣の口論は段々と白熱して終わる気配がない。招集された各部隊の大将達は気まずげに視線を交わし合う。


 永星はその光景をただジッと見ていたが、ふと何かに気づき鎧をさすると、独り言を溢した。


「ん? ……そうか、わかった。ああ、話し合いの最中にすまない。俺の家族から話があるようだ」


 突然すっと片手を上げ、話に割り込んだ永星が二人の口論を止める。


「ふぇ? ご家族の方ですか? それはどういう」

「はっ、馬鹿を申すな! そもそもこれは貴様が原因で」


 困惑する結月と、責め立てる厳彰の言葉は最後まで続くことはなかった。


「は〜い! 呼ばれて飛び出てセラちゃんです! って、少しくらい説明してから呼び出してくださいよ!」


 元気で明るい声とともに、セラが永星の鎧から飛び出した。

 結月や家臣達からしたら、突然目の前に見知らぬ少女が現れたことになる。


 わっ、と驚くだけだった結月とは対照的に、七人の侍はほぼ同時に行動を起こした。


「わわっ、ちょっとこれはまずいです!」

「えっ? えっ?」


 四振りの刀の切先と一筋の槍の穂先、弓に番えられた二本の矢の照準がセラへと向けられる。


「動くな!!」

「どこから現れた?! 怪しい動きをすれば即刻斬り捨てる!」

「小僧! 貴様の仕業かっ!? この娘は何者だ! 何が目的でこのようなことをした!」


 激昂する者と、永星とセラから視線を外さず冷静に警戒する者。ただ、少しでもおかしな行動をすれば、確実に全員がその手に持った獲物で然るべき処置をするだろうということは容易に想像できる。


 セラは両手を上げて焦った様子を見せた。

 だがそれは、七人の侍から敵意を向けられたことにではない。


「おい」


 低い声、そのたった一言に侍たちは凍りついた。

 軍議の前に刀を預けた永星は武器を持っていない。


 しかし今、侍たちが武器を抜いた時を遥かに上回る緊張感が軍議室に漂う。

 セラは全てが手遅れなことを悟った。


「武器を下ろせ」


 従う義理もなければ義務もない命令。

 だが、厳彰を始めとした侍たちは揃って武器を下ろした。


 彼らは先程の騒ぎで感じた圧力を思いだしたのだ。


 侍たちは城内での騒ぎで遠目に感じた謎の圧力は気のせいだったと片付け、内心では目の前の永星を少し腕が立つ程度の少年と侮っていた。

 それは永星が普通の人間のように振る舞っていたから、というのもあるだろう。彼らのうちの誰か一人でも直接刃を交えたわけではない。


 しかし今、永星は先程と同等かそれ以上の圧を放っていた。


 侍たちの中には、それが歴戦の兵が戦いの中で修得するという目つきや仕草だけで相手を恐れされる術と似ているように感じた者もいる。


 ……詳細はどうあれ、永星は侍たちを恐れさせた。


「お、お前は何だ……?」


 震える声で一人の侍が問う。

 永星は未だ威圧を止めず、口を開かない。

 代わりにセラは一つため息をつくと、侍たちの方を向き、口を開いた。


「えーと、皆さんは鬼神を知っていますか?」

「は、はい、それはもちろん。三百年以上昔に存在したという、かつて世界を恐怖で支配した神様……ですよね?」

「あはは、そんなに畏まらなくていいですよ? 私は永星さんみたいに強くもないし怖くもないですから。さっきも空気を和ませようとして失敗しちゃったし……」


 セラはバツの悪そうな顔をした。


「あ、鬼神に関してはその認識で合っていると思います。流石ですね! えーっと、お姫様?」

「あ、わ、私は双角国大名の月守結月です」

「ありゃ、これは失礼しました。お殿様だったんですね。申し遅れました。私は永星さんの従者であり、式神のセラと申します。……永星さんもそろそろ落ち着いてください」

「…………仕方ないな」


 不機嫌さを隠そうともせず、そう吐き捨てた永星が目を閉じると威圧感も消えた。


 急に緊張から解放され、侍たちの中には腰を抜かした者もいる。


「では改めまして、永星さん! 自己紹介をどうぞ」

「……? 名は名乗っただろう。これ以上何か必要なのか?」

「当たり前ですよ! 話聞いてました? あ、これは聞いてませんでしたね?!」

「話は聞いていたが……ああ、そういうことか。だけど明かしていいのか?」

「最初から隠し通せるなんて思ってませんよ。というか、そんな心配するくらいなら最初から威圧なんてしないでください!」

「それはむこうがセラに武器を向けたからだ」

「むむむっ、そう言われると怒るに怒れないじゃないですか……いや、だからって悪手には変わらないんですけども!」


 永星はピクリとも表情を変えず、綺麗な姿勢で正座を保ち、この部屋にいる全員の視線を集めている。

 「はぁぁ〜」と一つ重いため息をつき、セラはこの絶妙に噛み合わない会話を切り上げた。


「とにかくですね、結月様がご存知の鬼神にはとある一人息子がいるのです」


 永星の代わりに、セラが語り出す。

 鬼神に息子がいるという言葉に、軍議室は静まりかえった。

 そして続きを予測できた者たちは息を呑み、その背には冷や汗が流れる。


「その一人息子は鬼神の持つ他者を恐れさせる権能をはじめとする、その能力の全てを余すことなく受け継ぎました。それこそ、そんじょそこらの化け物や武器を持った人間が数千〝群れた〟程度では歯牙にもかけません」


 そこまで言ってセラは侍たちを見回した後、結月と向き合いニコリと笑った。


「そ、その鬼神の息子というのは……」

「ふふっ! もうお気づきですよね? そう! それがこのっ」

「俺だ」

「えええっ!? 普通そこで明かしますか?!」


 タイミングの悪いカミングアウトとセラのツッコミに、空気が一気に弛緩する。

 だが結月だけは変わらず、体を強張らせたまま永星を見つめていた。


「その話はほ、本当なのですか?」

「本当だ。俺が鬼神の息子だというのも、セラの話も、何一つとして嘘は言っていない」

「ええ! 本当です! ですからっ、永星さんを傭兵として迎え入れることをお勧めしますよ! そうすれば……コホン」


 セラは少し早口になったのを誤魔化すように、一つ咳払いをして、こう続けた。


「この国の勝利をお約束します」



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