-第88話-
「ん?どうした」
俺が床にしゃがみ込みもう一度問い直すと、今度は彼女の耳に近づいてくるように手振りで示してきた。
「はい、どうした」
「あの、そんなに私当たり強かったですか?不快になってしまったならすみません」
俺が梨花さんの側までついたことを確認すると彼女はひそひそと俺の耳に語りかけてきた。
安芸さんたちに聞かれたくない話なのだろうか。
やはり無意識にそういう態度をとっていたというだけでは別に堂々と話しても問題ないと思うのだが。
「全然そんなことないから気にしないで大丈夫だぞ。ちょっと不思議に思っただけだ」
「そうですか、なら良かったです。私この間言ったように、お嬢様の家以外で人様の家に上がるなんて初めてなので緊張してしまって……。照れ隠しってやつでしょうか」
梨花さんは俺にニコッと微笑みかけながらそういった。その目からはまるでサイコパスのような狂気じみた何かを感じた。
「照れ隠しって……梨花さんの照れ隠しって怖いな……」
「ええ、傷つけてしまったなら本当にすみません」
「いや、気にしてないから、本当に」
それはそうと「この間」というのは公園の時のことだろうか。
あの時俺は初めて安芸さんや姫芽さん以外と遊ぶと言うことで緊張し今日とは異なり凹んでいた梨花さんから、あんまり人間関係が得意でないということを告白された。
でもその時も梨花さんは俺に想いを吐き出せば、いつも通りの少し引っ込み思案だけど明るい彼女に戻ってくれたはずだ。なら今回も……。
「ほら、ここにいるのはいつものメンバーじゃないか。何も心配することないよ」
「そうですね、場所もただの山口くんの家ですし……」
ただの俺の家ってんだよ……。
でも安芸さんは友達の家にくるのが初めてだから緊張してるって言ってたな。
「安芸さんの家に比べたら平凡で何もない家なんだから尚更気にする要素なんて何もないでしょ、だからいつもの……」
「あ、お兄ちゃん今度は梨花さんとイチャイチャしてる!」
俺は梨花さんを励ますことにいっぱいで気づいていなかった。
追い出した結奈がいないのは教材をとってきている、その短い時間だけだったということを。
「すぐそういう方向に疑うなよ、梨花さんも嫌がってるだろ」
隣を見ると梨花さんが珍しく恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「山口くんのせいですよ。そんな体勢……」
梨花さんに言われて気が付いたのだが、俺はどうやらさっきまでの耳打ちしていた体勢から結奈に反論する姿勢をとっていたため、梨花さんに密着してしまっていたようだ。
「あ、ごめん」
「だ、大丈夫です」
「山口くん、私より梨花がいいの?」
「安芸さんもなんなんだよ、さっきはイチャイチャしてるって言われて一緒に反論してくれたのに……」
安芸さんがその場のノリに合わせにきているせいで完全に状況がめんどくさくなっている。
「ま、まあ、結奈も来たことだし勉強しようぜ」
「それもそうだね」
安芸さんのその声に合わせて姫芽さんの視線はノートへと戻り、結菜も姫芽さんと梨花さんが囲んでいる机に腰をおろした。
俺の苦し紛れの一言はなんとか首の皮一枚といったところで繋がったようだ。
「でもこの雰囲気はなんだか落ち着けます」
俺の隣でただ一人勉強にまだ戻っていなかった梨花さんも何か一言呟いた後、姫芽さんの隣に戻って勉強を再開していた。
さあ、俺も安芸さんと勉強しにいくか、と思い腰を上げてこの部屋でたった一人立って俺のことを待っている安芸さんのもとへと戻った。




