-閑話-とある可能性の話
――これは数ある未来のうちの1つの話である。
あの日から3年ほどが経ったある日。
俺――山口親鸞は趣きのある、とあるビルの一角の事務所の机に座っていた。
あの日というのは日本を代表する大企業のご令嬢である安芸美玲さんが電撃アイドルデビューをした日。
天性の容姿とトーク力、そして天使様と学校で呼ばれるに相応しいおおらかな性格を持ち合わせていた彼女はとあるグループの一員としてデビューした後、たちまちアイドル業界のトップに昇り詰めた。
今ではタレント週3本のレギュラー番組と共に、映画やCMの撮影も大量に入れ込んでおり休む暇もないだろう。
なんで一般人である俺がこんなに彼女の情報を知っているかというと、俺は安芸美玲のマネージャーであるからだ。
しかしヒットしたと言っても俺のマネジメント力が優秀だったと言うよりは、彼女の才能と努力の賜物なのだろう。
なんで俺がこんなことをしているかと言うと5年前――まだ俺らが高校生だった頃、一緒にアイドルのライブを見に行った帰りに彼女から「私もあんな風に輝けるかな」という言葉を聞いた俺は「俺が連れて行ってやる」と男気のあることを言い、俺らは高校卒業後デビューしたというわけだ。
実際には彼女の才能によって上がっていった美味しいところを俺が吸い取っているような感じだが。
「んー、しんくんただいま」
薄汚いビルに相応しくない容姿とプロポーションを持つ売れっ子アイドル安芸美玲が帰ってきた。
「おう、お疲れ様。美玲」
互いに下の名前で呼び合い、誰にも見られない事務所の密室でのみ許されるお楽しみの時間。
そう俺らは付き合っているのだ。
マネージャーと人気アイドルの恋。地下アイドルや人気のないアイドルが年上のプロデューサーに枕営業することは珍しくないが、同年代でそれもトップアイドルともなると許されがたいものとなるだろう。
「うん!私とっても頑張ってきたから」
「ああ、可愛い美玲の姿をテレビで見れるのを楽しみにしてるよ」
「えへへ、そんな褒めないでよ」
もーと顔を赤く染めながら軽く俺の肩に手を置いてくる美玲。
見慣れた何気ない日常の一コマでもこの美しい艶やかな黒髪を見るとついドキッとしてしまう。
全く彼氏として釣り合っていないにもほどがある。
「ね、ちょっと手、繋いでもいいかな?」
元々赤かった頬を更に赤く明るく染めて美玲はそう告げてくる。
「ああ、いいぞ」
「良かった。私緊張で心が今にも折れそうなんだよ」
「美玲はいつも頑張ってるんだからそんなに気を入れなくていいんだぞ。今日の会見だってな」
「だって絶対みんなびっくりするもんね」
美玲は俺の手と繋いでいる白く伸びた美しい右手に力をさらにぎゅっと込めてくる。
「はは、確かにそうだな。あの人気絶頂の美玲が引退するなんてな」
「グループを脱退した時もそうだったけど、やっぱりこういう時って緊張するね」
「俺にはそんなようには見えないけどな。美玲はいつだって堂々としていて可愛いんだから」
俺は恥ずかしがることもなく思ったままのことを言う。俺も彼女と同じようにこの3年......いや5年間で変わったのだろう。
「もー、そんなストレートに言わないでよ。でも今回は嫌なことばっかじゃないもんね」
美玲は頬を緩めて美しいかつての学校一の天使様としての笑顔を見える。
「ああ、そうだな」
「ついにしんくんと結婚だもんね。こないだ知り合ったばっかだと思ったのに早いものだね」
「いや、その間に美玲はどんどん有名になってっちゃって変わってったのにそんなに早いものなのか?」
「ふふ、その『いや』から入るところ変わってないね。でもしんくんも沢山変わってるよ。それもかっこよく、ね」
「そんなことない......」
「照れちゃって可愛いんだから」
美玲はそう言って俺の肩を自分の方へと寄せた。
「こうしてるとずっと勇気を貰える気がするよ」
「こんなことで美玲の元気が出るならいくらでもやってってくれ」
「しんくんはそうやって昔から優しいよね。私のことをなんの見返りもなしに幸せにしてくれたし。思えばあの頃から私、しんくんのこと好きだったのかな」
「んじゃ、行ってくるね」
「ああ、最後だからな。頑張れよ」
美玲は俺の肩をパッと離して隣に置いてあった鞄を持って立ち上がった。
「うん、頑張ってくる」
そう言って少し背を屈ませ、座っている俺の顔の前まで自分の顔を持ってきた。そしてゆっくりとこちらに向かって美玲の整った愛おしくてたまらない顔が近づいてくる。
「んっ」
我慢出来なくなった俺は自分から彼女の顔を自分の唇へと合わせた。
柔らかくて温かくてずっと味わっていたい感触だ。体感的には1分ほどの時間キスをしていたわけだが、全然物足りない。
「もうっ、がっつきすぎだよ、山口くん。今日が終わればいくらでもイチャイチャ出来るんだからね。じゃあほんとに行ってきます」
「ああ、ごめんな安芸さん。行ってらっしゃい」
俺らは懐かしい呼び名で呼び合いながら、残り少ないマネージャーとアイドルとしての間柄に戻って行った。
「うん、ダーリン」
彼女は普段テレビでは見せない素の笑顔を最後に俺に見せて、この全く彼女とマッチしていないビルから出ていった。
少女漫画よんで甘々なラブコメ書きたくなった時に書いた番外編みたいな感じです。短編ってこんな感じなんですかね?




