第10話 初めてのお客さん
「いらっしゃいませ」
「なんだ、ここは。ずいぶんとチンケな店だな」
茶髪でちょび髭でチビなおっさん。
ビッグ・アマゾーンという、異世界と元世界をつないだ偉大な店になる予定の店の最初の客がやってきた。
「そういわずに。異国からの珍しい品がありますよ」
「ほう。どんな品があるのかな」
「ライターなど、いいがでしょう」
「なんだ? ライターとは」
うん、ライターと言っても分からないのは想定内。
だって、そんな物、異世界にないんだもの。
火打石のようなもの、なんてダサい説明なんかするよりも。
どんなにすごい物か、見せた方がいいね。
「これなんですがね。いいですか。よく見ていてくださいよ」
「ほぅ」
ライターを持った俺の手をじぃーと見ているな。
よし、客の気持ちを掴んだぞ。
「いいですか。3、2、1、ゼロ!」
俺はライターを点火した。
やった、びっくりしている。
成功だ。
「で?」
「えっ」
「なんで、そんなライターなる物がいるんだ?」
「えっと、ほら、火を使うときあるじゃないですか。ライターがあると便利でしょう」
「別にそんなものなくても、ほら」
「ええっーーー」
チョビ髭おっさん、親指を立てるとその先に火を灯していた。
もしかして、火魔法!!
運が悪かったな。
火魔法使いのおっさんだったか。
「で、でも。火魔法が使えない人もいますよね」
「火魔法はそうだが。このくらいの基本魔法、火魔法ってほどの物じゃないだろう。な、少年」
「うん、俺もできるよ。ほら」
むむむ、青髪少年もいとも簡単に親指立てて火を灯している。
「もしかして、おじさん。できないの?」
うわ、何、その哀れんだような表情は…少年よ。
「うーむ、失敬した。これは必要ないようなので、当店の一番商品をお見せしましょう」
「ほう。何かね」
「それがこれです」
「なんだ。この真っ赤な蓋がついた小瓶は」
そう。
聞いて驚け……これは、すごい品なんだぞ。
「胡椒です」
「えっ?」
ほら、驚いた。
胡椒が出てくるとは思わなかっただろう。
「本当ですよ。胡椒です。舐めてみますか?」
あ、胡椒の味、知っているのかな。
そこは心配だな。
「いや。舐めなくても。ただ、質問をひとついいかね」
「なんでしょう」
「どうして、少量の胡椒をこんな高そうな小瓶に入れているのかな?」
「えっ、だって、胡椒は高額で」
「市場にいけば、でっかい樽に入れて売っているよ。どうして、こんなもったいつけているんだ?」
しまったー。
この世界では胡椒は貴重品じゃないのか。
もしかしたら、庭で栽培できたりするんかー。
「この街で胡椒は栽培されているんでしょうか」
「いや、この街というか、この辺では無理だな。しかし、海に出て舟でちょっと行った島で大量にとれるよ」
「なんと!」
「もしかして、悪い商人に騙されたとか?」
いや、100均ショップのお姉さんのせいではありません。
ぼくの異世界の常識が間違っていただけです。
胡椒は黄金と同じ価値なんて、だれが言ったんだ!
「あ。でも。最後にすごいのがあるんです。時計です」
「時計? なんだ、それは」
うふふ、そうだろうなー。
時計なんてもの、見たことがないのかもな。
それも、腕時計だぞ。
「時間を計る道具でして」
「時間? そんなの教会の鐘が鳴るからいらんだろう」
そうか。
時間は教会の鐘で知るのか。
それは不便だな。
「でも、あれですよね。教会の鐘って決まった間隔でしか鳴らないですよね」
「あーもちろん、そうだが。一時間に一度なるな」
「でしょう。それだと不便でしょう?」
「別に」
「えっ。だって、誰かと待ち合わせをしたりするですよね」
「ああ、するけどな。2つ鐘、とか3つ鐘とか」
「そうそう。だけど、その間で待ち合わせをしたりするでしょう」
「しないな」
「えっ」
「そんな細かい時間にしてどうするの。だいたい、気が付いたら鐘が鳴ってたなんてよくある話だしな」
「えっ」
「2つ鐘で待ち合わせしたら、3つ鐘鳴るよりは早く来ないやつは問題あるがな」
「えっと、そんないいかけんでいいんでしょうか」
チョビ髭おっさんも、青髪少年も意味が分からないという表情をしている。
えっと、時計、必要あるよね。
教会の鐘だけでは不便だよね。
「あー、他には何か商品はないのかな」
「えーと。えーと」
「ないなら、失礼するか?」
「ちょっと、おっさん! 飴ちょうだいよ。ちゃんとお客さん連れてきたんだから」
確かに、お客は連れてきた。
商品は売れなかった。
それはこの少年のせいではないな。
「わかったよ、ほら」
「わーい」
喜んで包み紙を開くと飴を口の中に放り込む。
あー、蕩けそうな顔しやがって。
「何かな、それは」
「えっと、お菓子です」
「ひとつくれないか?」
「いいですよ」
チョビ髭おっさんに手渡すと、青髪少年が包み紙の開き方を教えている。
飴をおそるおそる口にいれると。
「!」
おっ、気に入ってくれたようだ。
とりあえず、無駄足になったと怒られなくてすみそうだ。
「おい!」
「えっ、何か?」
「これはまだあるのか?」
「えっ、ありますが」
「売ってくれ!」
「あ、はい」
「いくつあるんだ」
「えーっと、8つありますね」
「ひとつ、いくらだ?」
うーん、いくらが妥当なんだろう。
しょせん飴だしな。
そんなに高くはできないかな。
でも、少年もおっさんもすごく美味かったみたいだしな…ちょっとぼったろう。
「ひとつ銅貨1枚です」
あんなでかい肉串が銅貨3枚だからな。
ちょっと高すぎか?
「全部買った!」
「ええーー。俺の分、なくなっちゃう」
「えっと、飴8つで銅貨8枚ですが」
「よし、大銅貨1枚だ」
えっと。
大銅貨というのは、銅貨では何枚なのかな。
青髪少年に聞いてみると、10枚分だという。
「すいません。おつりがなくて」
「ならかまわん! 釣りはいらないから、飴をくれ」
「あ、はい」
飴を8つ、手渡したら、大きな銅貨を1枚くれた。
「あー。俺の飴が…またお客さん連れてこようと思ったのに」
「悪いな少年よ。ここに連れてきてくれた駄賃だ」
そう言って銅貨1枚もらったようだ。
「うーん。飴、もっと食べたかったな」
「すまんな。儂はこれで。子供達が喜ぶ顔が見たいからな。これでうちの奥さんの機嫌も直るだろう」
「えっと」
「いや、浮気だと誤解しおってな。そんなんじゃないって言ったんだが。まぁ、娼館から出てくるのを観られたのは失敗だったが」
「えっと」
「そんなのは関係なかったな。そうだ」
「なんでしょう」
「また、これを仕入れることはできるのか?」
「ええ」
「なら、明日。教会の3つ鐘の時に、この店に来たいんだが。あ、明日じゃ無理か」
「いえ。大丈夫です。たっぷり、仕入れておきますよ」
「おー。それはよかった。リオンちゃんも喜んでくれるはずだからな。きっとたっぷりお礼してくれるぞ。楽しみだ」
娼館のリオンちゃんかな。
まぁ、関係ないからいいけどね。
「じゃあ、失礼する。明日、よろしくな」
そう言うと、さっさと扉をくぐって帰っていった。
「あのさ、おっさん」
「なにかな」
「おっさん、常識なさすぎじゃん?」
うー、10歳の少年に言われてしまった。
まぁ、異世界の常識なんて知らないよ。
「だけど、おいしいお菓子ももらったし。駄賃ももらえたからいいか。明日、また、このお店開けるんだね」
「お、おう」
「お客さん連れてくるから、飴、欲しいんだけど」
「お、おう」
「飴はたくさん仕入れてくれよな。他の商品は……まあ、いいか。悪い商人いっぱいいるから気をつけてな」
「お、おう」
「じゃ、また。明日」
「あ、待ってくれ」
「何?」
「鐘3つって、いつごろかな」
「あーーー、本当に常識ないな、おっさん」
「すいません」
お店をやるのに、最低必要なことを教えてもらった。
明日、飴を5つ上げるという約束の元に。
百均ショップ、仕入れ失敗。
もっと売れる物を仕入れるぞーーー。
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