9 事故はなかったことにできない
「そん、な」
日常は残酷だ。アカ達がどうなったのかは知らない。旅の無事を祈るより先に彼女達は事故ってしまった。
クラクションが鳴り響く。運転手がハンドルにもたれているのだろう。たしか運転していたのはシロだった。彼が目を覚まさない限り、音は響き続ける。誰か他に人がいれば「うるせぇ!」っと怒鳴りながら彼をはっ倒し、平穏が訪れるところだが、あいにく僕以外に人はいない。
そして、音がたつところに悪夢が集まってくるのだ。
まずい。
家の前が満員電車みたいになったら、僕はろくに食料調達に出掛けることもできなくなってしまう。
なんで、事故なんて……。
双眼鏡を持って車の周囲を確認する。
ランドセルを背負った子どものゾンビがクラクションに導かれるように車によじ登っているのが見えた。
まさか、子どもを避けようとして、事故ったのか?
だとしたらとんだ間抜けだ。
あの子はとっくに死んでいる。歩く屍を避けて自分達が死んだら世話がない。
音は鳴り止まない。
彼らは無事なのか。
「くっ」
僕は万が一の熊避け鈴のように持っていた防犯ベルとバッドのグリップを握りしめて、外に飛び出した。
生き延びるコツは正義感を持たないこと。例えばショッピングモールに引きこもっていたら、仲間の一人が怪我が負い、薬が必要になって、ゾンビが溢れる外へ冒険し、薬を手に入れるのに別の仲間を犠牲にして、なんとか戻って来たはいいけど、薬を与えるべき相手もすでに死亡していた、じゃ余りにも救われない。昔、そんな映画を観たことがある。
つまりこんな世界じゃ自己中心的じゃなきゃ死んでしまうのだ。
僕がいまさっき登ったばかりの非常階段を、必死こいて下っているのは、あくまで自分を守るためだ。
自宅マンションの前をゾンビのすし詰め状態にはしたくない。
罠の無いゴキブリホイホイみたいなクラクションが響き続ける度に僕の生存難易度が上がるのだ。
それに、この音は安眠妨害だ。
エントランスを駆け抜けて、音の発信源のレクサスまでダッシュする。
車の中の生肉にありつこうとしていた幼いゾンビをフルスイングして引き剥がし、止めをさしてから、ブスブスと煙をあげるレクサスの窓ガラスを叩く。
「起きろ! おい!」
シロはうつ伏せでハンドルに倒れている。
助手席のキンも意識が無さそうだった。
後部座席にいたはずのアカは前席のラジオにもたれ掛かっている。だからシートベルトをしめろと言ったんだ。
「おい!」
「ううっ……」
シロが呻いた。よかった生きているらしい。
ゆっくりと上体を起こし、焦点の定まらぬ自然が虚空を見つめていたが、スライドするように窓を叩いていた僕と目があった。
「事故ってしまった……。お嬢様を傷つけてしまった……俺は、死のう……」
「死ぬなバカ」
クラッションが止む。
とりあえずはミッション達成だ。
「救急箱がうちにある。手当てした方がいい」
僕の言葉にシロは静かに頷いた。
「……すまない、迷惑を掛けてしまって申し訳ない」
「それはかまわないけど、二人は無事なのか?」
俺が心配の声をあげると同時に呻き声をあげながらアカが起き上がった。
「……てめぇ、殺すぞ、くそ。一回殺して、ゾンビにしてから二回殺してやる」
額から血が出ているが、どうやら重症ではないらしい。
「返す言葉もない。すまなかった」
「ちっ、まあいい。それより、手当てが先だ。破傷風にでもなったら詰みだからな」
袖で乱暴に傷口を撫でる。
テンガロンハットを被っていたのが功をそうしたのだろうか、僕にはよく分からないが、
「……うう、痛いのです」
ヘルメットを被っていた少女も無事なので、ひとまずはよかったといったところだろう。
三人が車を降りて、秋の天高い秋空の空気を肺にいれると同時に事故よりももっと恐ろしい光景が僕らの眼前に広がっていた。
「な、なんていうことだ」
大量のゾンビ。
いままで隠れていたのだろうか、と勘ぐるほど大量に、ノロノロとこっちに向かって来ていた。
取り囲むようにして、奴等は迫り来る。うーうー響くうなり声がまるで歌のようで、現況はまさに四面楚歌だ。
詰んだ……。
僕は静かに涙を流した。
「へいへい、面白くなってきたな。揃いも揃って不細工な面しやがって。イケメンなら食われてやってもいいが、残念ながら不細工にゃあアタシの貞操はやれねぇな」
アカがにたりと笑い、カチャリカチャリと銃を構える。
「ほら、ゴミども。配給だぜ」
呟くと同時にアカは機関掃射を始めた。響く銃声、「はははー」と笑いながら撃ちまくっているので、サイコパス感は否めない。トリガーハッピーというあだ名をつけてあげよう。
まったくもって驚くべきことだが、アカはゾンビ数十体を、ものの見事に肉塊に変化させた。
でもさすがに全部を相手にするのは無理だと判断したのか、僕のマンションまでの道のりを確保すると、あとはガンダッシュして、なんとかエントランスに飛び込むことができた。音さえなければ、あいつらがやって来ることはない。ゾンビはノロノロと去っていった。
僕ら三人はポカンと眺めていただけだ。
「快感」
一昔前の映画の台詞を抑揚なくいってのけると熱くなった銃を鞄にしまった。恐るべき少女だ。ゾンビキラーの称号も合わせてプレゼントしよう。
「ちっ。頭の血が止まねぇ。アオ、さっさと家に案内しな」
「あ、ああ」
呆けていた僕は吐き捨てるように言われた言葉で我に帰り、彼女たちを自宅に案内した。




