7 身の程を知り、生き方を改める
車内に四人。
息苦しいことこの上ないが、久々な他者の触れあいは、忘れかけていたコミュニケーションを思い出させてくれた。
人は一人じゃ生きていけないとはよく言ったものだ。トランプで大富豪をわいわいと楽しんで夜を明かした。
修学旅行の夜みたいだ。
とはいえ、睡眠は大切だ。交代交代で見張りをたてて眠ることになった。一人二時間ずつ、二人になるように。安心して熟睡できるのは久しぶりのことだったし、孤独の夜を過ごさずに済むのも世界が壊れてからはじめてのことだった。
「アオ様は青山の生まれなのですね」
キンと一緒に見張りをしている時だ。
僕らが乗っている車は見張る場所が二ヶ所で済む建物内に駐車していた。物流倉庫のようなところだ。前と後ろに別れて入り口に目を光らせている。
「青山というと外苑が近くおしゃれな町という印象がございます。骨董通りも近いですし、すこし行けば渋谷もありますよね?」
「なんにもないのにバカな大学生が集まる変な町だよ。服屋と美容院が無駄に多いだけさ」
「左様でございますか。美容院。そういえばとんと髪を切っておりません」
「綺麗に手入れされてるから伸ばしてるのかと思った」
「まったくいじっておりません。まっすぐ伸びてしまうのです。ワタクシはパーマメントをかけてみたいのですが、親に反対されてまして」
被っていたヘルメットは現在首から下げている。なんにせよアンマッチな風体だ。
「そういえば君らは白金の生まれなんだっけ」
「生まれは麻布ですが、オリンピックの再開発の影響で白金に越したのでございます。家は南麻布の病院を経営しておりました」
「すごいな。金持ちじゃん」
「母が医者の家系だったのです」
「お父さんは?」
「父はサイエンティストでした。……あの、信じてもらえないかも知れませんがお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「……いいけど、なにが?」
「抗体があるのです」
一瞬言葉が変換できなくて戸惑った。
「特定不随意性脳症ウイルス抗体でございます」
静まり返った車内に僕の唾を飲む音が響いた。
「それって、ゾンビウイルスの……。ほんとうに言っているのか?」
「はい」
ウイルスが出たてのころ、製薬会社はゾンビの解明に躍起になったが、ワクチン開発には至らず、非常に感染力が強いという子供でも知ってる研究結果を発表しただけで、いつのまにかパンデミックに飲み込まれてしまった。
被害は日本にとどまらず、世界中でゾンビが溢れてしまったのだ。産業革命の人工爆発以上の驚異的なスピードだった。はっきりしたことは言えないが、いま生き残りの人類がいるのはアフリカの奥地かウイルスすら凍りつく南極ぐらいじゃないだろうか。
抗体がとうのという話は聞いたことがない。
「ワタクシはゾンビウイルスの抗体を持つ人体なのです。アオ様はワクチンの仕組みをご存じでしょうか?」
「弱ったウイルスを注射して、細胞に免疫をつけさせることだと思ってたけど」
「左様でございます。体内に侵入した異物を排除する仕組みが免疫です。一度でも罹患した病原体に関しては、免疫記憶ができ、耐性が強まり、二度罹りしにくくなります」
「ということは、キミは一度ゾンビウイルスに感染したということか」
「広義の上にはそうなるかと」
「……自我はあるのか?」
「問題ございません。ワクチンを注射したのですから」
彼女は腕まくりした。暗くて見にくかったが、二の腕にガーゼが当てられているのがわかった。
「病原性を無くしたウイルスの一部を数回に分けて接種したのです。時間はかかりましたが、ゾンビウイルスに対して抗体を持つことができました」
「うさんくさいな」
正直な気持ちが出てしまった。
「アオ様は医学知識をお持ちでしょうか?」
首を横にふる。
しがない経済学部生に専門用語はわからない。僕が知っている単語はビルトインスタビライザーぐらいなもんだ。意味はよくわからない。
少女は薄く微笑むと自身の胸ぐらに手を突っ込んだ。呆気にとられて見ていると、小さな手にCDケースが握られていた。
「それは?」
「療法データです。しかるべき機関に渡れば世界を正すことが可能です」
「しかるべき機関って」
「ワタクシと……シロの目指している病院、いえ、正しくは医療研究センターでございます」
「いくら情報があっても、そこに人はいるのか?」
「……」
少女は静かにうつむいた。
「わかりません。通信機器がダメになってしまったからです。メールでデータ転送することが叶わず、媒体で送付するしかないのが現状です。ワタクシとシロがいた場所はつい三日ほど前に壊滅してしまいました。取引をしていた機関が、いえ、設備さえ残っていれば、世界を救えるのです」
「そう上手く行くかな……」
「アオ様、お願いがあります」
キンは僕の手を取って、ギュッと握った、
「ワタクシを白金の地に届けてくださいまし」
「……」
さて。
少し潤んだ瞳で幼気な少女から懇願されたら、誰だって返事はイエスになると思う。
正常な思考と正常な環境ならば、だ。
悪いが世界は異常に包まれている。
「……」
僕は返事の代わりに左手を掲げた。
「?」
腕時計の針を見せてから、運転席で眠るアカの肩に手を当てた。
「アカ、起きろ。交代の時間だ」
「……んあ? もう二時間経ったのか。くそ。しかたねぇな」
目深に被っていたテンガロンハットを上げて、少女は目元を擦った。
「アタシの相手は誰だ?」
「キンだよ」
「んー、ああ」
ペコリと頭を下げて「よろしくお願いします」とキンは頭を下げた。
「んじゃあ、僕は寝る」
「ああ、おやすみ」
「……明日、ちゃんと僕を家まで送り届けてくれよ」
「はいはい、さっさと寝な」
浅く息をついて、僕はまぶたを閉じた。
この世界で生き残るには情を持たないことた。




