6 夜が来る前に
息苦しさが滞留するほの暗いモール。血生臭さに少しむせてしまった。
他のエスカレーターを探そうと看板を確認する。
「俺が案内しよう」
かちゃりと青年が前に出た。
「お嬢様をお助けいただいた礼がまだ済んでいないしな」
こいつがいれば百人力だ。
「ところで君らの名前は何て言うんだ?」
電気が切れて薄暗いモール内を懐中電灯を持って先行する青年が尋ねてきた。
「悪いが名前は名乗らないようにしてるんだ。情がわくからな」
雑談するような軽い調子でアカは答えた。
「しかし、先程はアカとかアオとか呼びあっていたじゃないか。あだ名か?」
「まあ、似たようなもんさ。そいつの故郷が青山でアタシの故郷が赤坂だからそう名乗っているだけにすぎない」
「なるほど。そのルールに従うなら俺たちはプラチナになるな」
「は?」
「俺とお嬢様は港区白金の生まれだ」
「ふざけんな。そんな大層な名前認めねぇーぞ。てめぇはシロ、あっちの女はキンで十分だ」
「ふふ、面白い女だな、アカは」
「黙れカス」
からかわれてアカはふてくされたようにそっぽを向いた。
僕ら四人の足音だけがモールに響いていた。
「ワタクシはキンですね。改めて宜しくお願い致します。アオさん」
「ああ、どうぞ宜しく」
キンも大層な名前な気がするし、そもそも何を宜しくなのだろうか。
どうせ僕らは明日には別れる仲なのに。
地下の生鮮食品売り場で大量の缶詰と保存食品と乾物と飲料水を手に入れることに成功した。風通しが非常に悪いので、生物はダメになっていたが、保存食はまだまだ大丈夫そうだ。これでしばらくは食料で困ることはない。そして何より僕はついに探し求めていた物を手にいれることが出来た。家庭菜園用の種である。これで自給自足への第一歩を踏み出すことができる。
カゴいっぱいに夢をつめて、意気揚々と地上にあがる。
薄暗いモールから外に出ると爽やかな秋風が僕らを優しく包み込んだ。
空は晴れていた。狂った世界にも太陽は登り、大自然は以前変わらず悠然を語っている。
ガムを噛みながら、手にいれた食料品をレクサスのトランクに積みこむ。隣が銃器だと思うとなんとも言えない気持ちになったが、しばらくは餓えることなく暮らせる安心に比べたら微々たる懸念事項にすぎない。
「どーいうことだよ!」
にも関わらずアカは不機嫌だった。
「なんで無いんだなんで無いんだ! カントリーマアムを入荷しない馬鹿がこの世に存在してんのかよ!」
「ま、まあ、他のお菓子が手に入ったんだからいいじゃないか」
ルマンドとホワイトロリータを掲げて見せる。
「よくねー、よくねーぜ、アオ。この世には賞味期限ってもんがあるんだ。美味しくいただける期間ってやつさ。ほっといたら今あるカントリーマアムが全部くさっちまう。急がねぇと!」
運転席に大急ぎで飛び乗るアカに僕はため息をついた。
「大丈夫ですか。アカ様」
キンが心配そうに荒ぶる少女を見つめていた。
「ああ、あれで平常運転だ。それで君らはどうするんだ? これから」
「ワタクシたちは故郷を目指します。故郷の近くの病院に現状を打破する切り札があるのです」
「ふぅん」
とんだ世迷い言だ。狂いまくった世界を修復できるのは神様くらいなもんである。もっとも、神様はいまは休暇をとってどこかへ行ってしまったみたいだが。
「それなら乗せてって貰えば? 彼女も故郷の赤坂を目指している途中なんだ。同じ港区内だろ?」
顎で車を示す。
「そうしていただけると助かりまする」
きらきらとレクサスに向けられる純粋無垢な瞳。
「勝手に話を進めんな!」
窓から首を出したアカが怒鳴った。
「わりぃがこの車は一人乗りなんだ。地元目指すなら電車でいきな」
そう言って彼女はエンジンキーを回した。
「あ、ちょっ、待てよ」
「あれ」
音はするがエンジンがかからない。
「なんでだ、壊れやがったか!?」
「ガス欠だろ」
「はっ!」
僕を置いていこうとした罰だ。そもそも食料を独り占めしようだなどとコスイ事を考えるからそうなるのだ。
「ちっ」
舌打ちをしてアカは車から降りた。
「お前がガソスタのポンプの使い方を知ってるってことを忘れてたぜ」
「君って抜けてるよな」
「だまれ。もうこいつはダメみたいだな。押してガソスタ行くのもめんどくせぇし。新しいのに乗り換えなきゃ」
アカは少し寂しそうに呟き、辺りを見渡した。
駐車場には何台も車が停まっている。規則正しく並ぶ様は、持ち主がいるわけでもなく、墓標のようにも思えた。
「他の車からガソリンもらえば?」
なんとなくに呟いた僕の発言にアカは動きを止めた。
「そんなことができるのか?」
「灯油のホースを使えばできるんじゃないかな。やったことないからわかんないけど」
先ほど通ってきたモールを探せばホースは簡単には見つかるだろう。
「なるほど。よし、任せた」
「いやだよ。やったことないし、静電気とかで引火したら危ないだろ」
「危ないならなおさらテメーの仕事だな」
「言っておくが僕は君の奴隷じゃないからな」
「……だめか?」
キラキラと潤んだ瞳で見つめられる。少女らしい無垢な瞳だ。
「……今回だけだぞ」
「さすがぁ!」
粗雑な言葉遣いじゃなきゃ、かわいいのに。
シロとキンが助けてくれたお礼だといってモールからポリタンクとホースを探して取って来てくれた。とりあえず感謝。
別の車の給油口をあの手この手で無理やりこじ開け、ガソリンをレクサスに移していく。
お風呂の水を洗濯機に移すときのホースが、お湯ではなくガソリンを仲介していく。
レギュラーガソリンをタンクと予備のポリタンクにいれ、満タンになる頃には、日がくれかけていた。
「ちっ、てめぇらがちんたらしてるから日が暮れちまったじゃねぇか」
西に傾くオレンジの夕日に向かってカラスが飛んでいく。
ゾンビウイルスは人類にしか感染しない。傲り高ぶった生物を粛清するかのような悪意が、それには込められているようだった。
ウイルスに感染しても発祥しない生物を自然宿主とという。徳島県の薬品工場の爆発事故がウイルスの発生原因とされているが、実際のところ明らかになってはいないのだ。人が作り出した人工的なウイルスなのか、それとも自然発生したものなのか。僕らはそれについての知識が足りていない。なんにせよゾンビウイルスの自然宿主は未だ解明されていない。
「今日はもう動かない方がいい。夜は危険だ」
シロが鞘を握りしめて言った。
別に歩く死体は夜行性というわけではない。単純に視界が悪くなることを危惧しているのだろう。
鋭い目付きをしていた。
事も無げにゾンビを殺し尽くした男だ。かなりの修羅場を潜っているに違いない。
「そうだな。今日はここで車中泊するか」
家に帰して欲しかったが、徒歩ではあまりにも遠すぎるので、大人しく彼女の言葉に従った。




