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5 かつての面影


 モールの入り口付近のガラスは砕け散って床に転がっていた。まるっきり廃墟だ。足を踏み込むと霜柱のようにパキリパキリと音がたった。

 空気は淀んでいる。人気はないため、静かだったが、暴徒が暴れた後がいくつもあった。

「友達とはどこで別れたの?」

「地下の食料品売り場でございます。食玩に夢中になっておりましたら、いつの間にか囲まれており、エスカレーターまで必死に逃げました。ですが、上階にもウイルス性特定不随意脳症患者がおりまして、ワタクシに代わって友が空中蹴りで撃退してくれたのでございます。先に行けと叱咤され、戸惑いながらも脱出できました」

 薄暗いのに加えて、ヘルメットで彼女の表情はよくわからなかった。

 戻ってきたら世話無いよな。


 僕らがいるのは一階だ。

 地下へはフロアの中程のエスカレーターを下る必要がある。

 周囲を警戒しながら進む。

 左右にはファッション系の店が並び、いくつもマネキンが倒れていた。

 広場を抜け、地下へ進むエスカレーターが見えてきた。

 彼女の話が本当ならここは奴等の巣窟だ。バッドのグリップを強く握る。ガチガチと奥歯が震えた。コンビニの店員ゾンビは楽に倒せたが、奴等の本当の驚異は数にある。

「おい」

 アカが声をあげた。


「どういう状況だい。こりゃあ」

 視線の先には一つの人影あった。そして床には夥しい数の死体が転がっており、すべて首と胴体が切り離されていた。

「なんつう……」

 僕は思わず呟いてしまっていた、

 床に大量に転がるのは腐敗した死体、数分前は死んでいるにも関わらず歩きまわったやつらに違いなかった。

 いまは、その全てが沈黙している。元は白い床も血溜まりで赤黒く染まっていた。

 状況は読めないが一つはっきりしたのは、ゾンビを殺しつくしたのは、目の前にいる、日本刀を片手に持った長身の男ということだ。

 どうやら狭くなるエスカレーターの出口をうまく使って無双をやってのけたらしい。

「へい、あんたがこれをやったのかい」

 アカは肩をすくめて人影に尋ねた。

「見てわからんか?」

 澄んだ声がして、振り替える。

「処分したんだ」

 肩で息をする青年は学生服を着ていた。

 めんどくさそうに刀を一振りしてから、ポケットから取り出した布で刀身を拭う。

 あれ、いま21世紀であってたよな?


 切れ長の目を持つ黒髪の男だった。鼻筋がスッと通り、絵に描いたようなイケメンだった。

「お嬢様!?」

 至って冷静な顔つきをしていた男の表情が見る間に曇った。

「なぜここにおられるのですか!?」

「ワタクシを守ってくださるのなら、常に側にいてくださいまし」

「俺のことは気にしないでくださいと申したではありませんか!」

「いいえ、違います。貴方はあの時、助からないから先に行けと仰いました。ですが、貴方は見事に窮地を脱しました。ワタクシが助っ人を連れてくるまでもありませんでしたね。さすがでございます」

「あ、ありがとうございます。って、いや、そうじゃないですよ! 今回上手く行ったのも条件が良かったからに過ぎません。もし今後同じことがあっても、戻らないで白金高輪を目指してください」

「お断り致します」

「え?」

「ワタクシが白金の地に帰るときは貴方も一緒です」

「お嬢様……」

 なんだこれ。茶番か?

 二人の雰囲気に呑まれていたアカがアイコンタクトで僕に状況の打破を依頼してきた。たしかにこんな甘ったるい雰囲気は好きじゃない。

「もしもし、僕らはもう帰ってもいいかな?」

「む、これは失礼した」

 男は一歩前に出ると頭を下げた。

「お嬢様を保護していただき、感謝いたします」

「いや、保護とかはしてないけど……」

 というか僕らはなにもしていない。

「まあなんでもいいさ」

 アカは苦笑いを浮かべて、鼻をならした。

「お嬢ちゃん、それはそうと報酬はもらえんのかい?」

 声をかけられた女の子は青い顔でびくりと身体を震わせた。

「もちろん、でございます。言い出しっぺはワタクシです」

「おい、アカ」

 さすがに見過ごせない。

 僕はアカと少女の間に割って入った。

「なんだい」

「条件は友達を助けることだ。今回に関しては勝手に解決してたんだから報酬を貰うのは間違ってるだろ」

「ハハハハ、この期に及んでなにバカなことをほざいてやがる。お前も頭にウジ虫わいてんのか? このアタシがわざわざ時間を割いてやったんだぜ? もう一度言ってやるぜ、このアタシが、だ。わざわざカロリーとガソリンを割いて来てやったんだ。ただで帰れって、そんなん納得できるわけがないだろ」

 アカはわざとらしく哄笑すると、腰のホルスターからハンドガンを取り出し、僕に向けた。

「邪魔すんなよ。アタシはこれからお楽しみするんだからな。このねぇちゃん、よくよく見ればかなりの上玉だぜ」

「なあ、君って同姓愛者?」

「どっちもいけるだけだ。まあ、男よりは構造に詳しいから、戻れなくさせる自信はあるがな」

 言っても聞きそうに無かったので、僕は彼女に道を譲った。命は惜しい。

 というか、僕は彼女たちがエンジョイしている間は何してればいいんだろ。

「おい、待て」

「あ?」

 険のある声がアカにかけられた。ゾンビ無双をやってのけた青年だった。

「おまえ、なにしようとしてんだ?」

「わかんねぇのか? ボウヤ?」

「それ以上お嬢様に近づくな」

「おいおいおい、ふざけんなよ童貞、正式な取引をして報酬を受けとろうとしたらごね出すバカがどこにいんだよ」

「俺の目が黒いうちはお嬢様には指一本触れさせん」

 柄に手をかける。一触即発の雰囲気だった。

「よしてください。彼女の仰る通りなのです。ワタクシがお約束したのでございます。裏切るつもりは毛頭ございません」

「女々しい男と違ってあんたは話が早くていいな。よし、そのめんどくさい着物を脱ぎな」

「……かしこまりました」

 静静と帯に手をかけた。

 僕のなかでなにかが弾けた。

「よせ」

「ほ?」

 アカが眉間にシワをよせて僕を見る。

「なんだい、やっぱりてめーも邪魔すんのか?」

 再び僕は声をかける。

「やはりこんなのはフェアじゃない。アカ、僕が彼女の代わりになる! だから彼女には指一本ふれるな!」

「……」

「さあ、僕が代わりだ! 来い!」

 ていうか、来てくれ!

 ぽかんとアカは僕を見た。

「本気でいってんのか?」

「本気だ、さあ来い」

「……興が削がれたな」

 ハンドガンをくるりとホルスターにしまった。畜生。


「悪かったな。あんたみたいな甘ちゃん見てると少しからかいたくなっちまうんだ」

 案内看板の横のベンチにどかりとアカは腰かけた。

「まじで食おうってわけじゃない。だけどこの世界で生きていくなら身体を武器にすんのも一つの選択肢だということを伝えとくぜ」

 疲れきったように絞り出した声に、いままで彼女がどんな風にしてここまで来たか、尋ねることは出来なかった。

「申し訳ございません。アカ様。報酬をお支払することが出来なくて」

「いい。実際アタシはなんもしてないしな。なあ、そこのお前」

 日本刀を腰に下げた青年を睨み付ける。

「ここにいるゾンビは全部片付けたのか?」

「……わからないが、地下にいた分はあらかた」

「そうか。よし」

 気合いを入れるようにして立ち上がる。

「地下はスーパーマーケットだったな。行こうぜ、アオ」

「正気か?」

「目の前に可能性があるなら飛び付かないわけにはいかないだろ」

 カントリーマアムの話である。青年の話が本当ならゾンビはもういないので、ゆっくりショッピングに興じることができるが、

「それはいいけど、歩いていくのかい?」

 動かないゾンビがエスカレーターにつまっている。死体のすし詰め状態だ。腐臭すら漂っている。

「当たり前だろ」

「悪いが僕は君ほど心臓が頑丈じゃないんだ。そこを通る勇気は僕にはない。それに首だけになったとはいえ、まだ意識があるやつがいる可能性もある。やつらの生命力は異常だからな。やめておいたほうがいい」

「ビビってんじゃねぇぞ。そんなら他のところから行けば良いだけの話だろうが。こんなところでくだぐだやって飢え死にしてぇのかてめぇ」

「それはまあたしかにそうだけど……」

 物音はしない。実に静かだ。

 たしかに彼女の言うとおり、食料問題はすぐそこまで迫っている。ここで地下のショッピングモールに行かない手はない。

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