4 行きすぎた未来で
「くそみたいな機能だな」
不機嫌そうにハンドルを切って、ゾンビを避けて走る。
道路脇の街路樹の紅葉が眩しい。紅葉狩りとかなら気分が高揚してくるもんだが、目的地がガソリンスタンドだと思うと憂鬱がため息になって出てくる。
「これ解除とかできねぇのかな」
「さあ」
あいにく車には詳しくないので肩をすくめるだけだ。
「ちっ、またか」
前方に人影が見えた。アカは舌打ちをして、反対車線にハンドルを切る。
「あ、おい、まてよ」
「ん、なんだ?」
「看板持ってるぞ」
どうやら自我がある人間らしい。
手に持った段ボールの切れ端にはヘルプと綴られていた。
髪の長い女の子だった。ヘルメットをかぶって、着物を着ている。アンマッチなことこの上ないが、さらに奇妙なことにブーツを履いていた。大正時代って感じだ。
「なんだあのハイカラさんは」
「ちっ、無視だ無視。生憎定員でな」
ハンドルを操作して避けようとするが、女性は果敢にも僕らの乗る車のまえに飛び出した。
「あぁ」
ピピッ。自動ブレーキ。
「ファック!」
アカは汚い言葉遣いで吐き捨てた。
無視する気力を失ったのか、不機嫌そうに扉を開け、道路に降りた。僕も降りるべき迷ったが、厄介事はごめんなので助手席でぼんやりすることにした。
「ご迷惑おかけしております」
無秩序な世界とは思えないほど慇懃に頭を下げた。
線の細い、儚い印象の美人だった。純正の日本人といった風体に透き通るような白い肌を持っている。小顔を包み込むように被ったヘルメットには黒い墨のようなもので「造反有理」と綴られていた。どうやら学生運動時代の遺物らしい。「逆らうのには理由がある」という意味だったと思うが、彼女はいったい何と戦っているのだろうか。
「ヘルプってのはどういう意味だ?」
渋面のままアカは尋ねた。ヘルメット女子の歳はわからないが、アカよりは四、五歳ほど年上に見える。おそらく20歳はいかないだろう。
「助けてほしいのです」
「へいへいへい、アタシが英語ができないボンクラだと思って訳してくれたんなら感謝するがよぉ」
「失礼いたしました。ワタクシのお友だちが窮地なのです。お力を貸していただけませんでしょうか」
「へぇそりゃ難儀なこって。お断りだ。忠告しとくが他人のために命を張るような馬鹿はこの世界じゃ長生きできねぇぜ」
アカはせせら笑いを浮かべてからひらひらと手をふって、再び車に乗り込もうとかがみこんだ。
「お待ちくださいまし。助けていただけるのならば、ワタクシはあなた様がたの従僕になる所存でございます」
力強い瞳をしていた。さすがに今日まで生き延びていることはある。それなりの修羅場は潜ってきているようだ。僕と違って。
「はっ、口ならなんとでも言えるだろうが。寝首をかかれるのは勘弁なんでな」
「ワタクシは嘘は申し上げません。主人が命を絶てというなれば、従うまででございます」
「うさんくせぇ女だな」
アカは苛立た気に少女を見た。
「そこまでいうなら、あんたアタシの性奴隷になれんのかよ」
「なれます」
即答だった。
あまりにもあっけらかんと応えるので僕のほうが面食らってしまった。というより性奴隷って女の子が使うような言葉ではない。
「助けていただけるのならばこの身を捧げまする」
アカは大きく息をついた。呆れているようにも感嘆しているようにも見えた。
「……オーライ。乗りな。そのお友だちの場所まで案内しやがれ」
「ありがとうございます……っ!」
顎で車を示し、アカは運転席に戻ってきた。なんでこんなことになってるんだ。
車内は三人になったが、気まずいことこの上なかった。
後部座席でルート案内をする少女の声のみが響く。いつのまにかイチョウ並木が広がっていた。手入れされていない道路は銀杏の葉でまっ黄色だ。絵にも描けない美しさで、ほんとうに世界にゾンビが溢れてさえいなければ、絶好の行楽日和だった。
やがて僕らがたどり着いたのは、市街のアウトレットモールだった。
「ヒュー。こいつはすげえ」
唇を吹いてアカはにやりと笑った。
メガモールだ。中には映画館や家電量販店が入っており、ここには何でもあると言わしめるほどだった。施設面積は詳しくないが、小学校が二三個入るくらいの巨大さである。
「君のお友達は中でなにしてんの?」
広い駐車場には他にも車が停まっていたが通れないほどではなかった。いくつかは爆発炎上した後があり、悲劇を容易に想像させた。
「はい。ワタクシたちは西の方から東京の病院を目指して旅をしている途中でございまして、道中食料を得るためにここに立ち寄ったのです。中はすでにウイルス性特定不随意脳症患者達で溢れており、我が友はワタクシを逃がすため自らを犠牲したのでございます」
「勇猛だね」
ゾンビのことを正式名称で呼ぶ人に会ったのは初めてだった。
「頭悪いだけだろ」
入り口付近にレクサスを駐車させる。
枠に沿ってきちんと停められているたくさんの乗用車をみると、日本人はパニック映画に向かないな、となんとなく思った。
車から降りたアカはテンガロンハットをかぶり直すと、トランクを開け、中にあったゴルフバックのジッパーを開けた。大量の銃器が入っていた。見なかったことにしよう。
「手数が多いほうがいいよな」
彼女が手に持ったのは機関銃だった。慣れた動作で整備していく。
「始めに断っておくが、アタシの最優先事項は自分の命だ。オタクの友達がどんなにピンチだろうと余りにもヤバければ助けにはいかない」
ばだんとトランクが閉じられる。
「存じております」
「オーライ」
少女はペコリと頭を下げた。
「よし、行くぞ。アオ」
「え、僕も行くの?」
「当たり前だろ、タコ! 手数は多い方がいいんだよ」
ガンっと車を蹴る。助手席で待機しようとしていた僕に苛立ちをぶつけているようだ。
「乗り掛かった船って知ってっか? あんたには最悪の場合囮になってもらうんだから、しっかりついてこいよ」
「いや、遠慮しておくよ。車番も必要だろ?」
「必要ねーよ。この世界のどこに物取りがいんだよ。はやく降りねーとてめぇのケツ穴一つ増やすぞ」
「な、なんにしても、危険すぎるだろ。密室は奴等の独壇場だぞ。銃にも弾数があるし、正直かなり」
「うるせぇーな」
銃を向けられる。真っ黒な銃口が僕を食らわんとぽっかりと口を開けている。
「ここで死にたくないならさっさと降りな。それにな、どんなに危険でもやらなきゃいけねぇーことあんだよ」
「くっ」
なんてカッコいいやつだ。見ず知らずの女の子のために命を張るなんて。
「こんだけデカいモールならカントリーマアムがあるはずだろ! 」
「目的変わってるぞ!」
結局そこかよ。




