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3 会話として


「おい、靴脱げよ」

 靴脱ぎでブーツを脱ぐ素振りが一切無かったのでたまらず声をかける。

「靴がないといざというとき逃げらんねぇだろ」

「ここまでくれば安全だ。ゾンビは頭空っぽだから階段もまともに上がれないし、非常階段には鍵をかけただろ。エレベーターは電気が止まってるから稼働しないし、このマンションにはゾンビが侵入していないのも確認済みだ」

「へいへい。家主の指示に従うよ」

 唇を尖らせながら彼女はブーツを脱いだ。

 靴下ははいていた。そのままソファーまでいく全体重を預けるかのように倒れこんだ。

「ふぅ。疲れたな。へい、夕飯にしようぜ」

 疲労感を床に溶かすように彼女はソファーにもたれている。

「缶詰めのフルコースをご堪能あれ」

「ヤァー。ありたけ持ってきな」

 缶切りと缶詰め、それからお酒を持っていく。

 軽くコップをぶつけ、一期一会に乾杯した。


「ところで、その銃どこで手に入れたんだ?」

「これぐらいどこにでもあるさ」

「ねぇよ」

 僕の端的な突っ込みに苦笑してから彼女は続けた、

「実家がいわゆる暴力団体なんでね。ゾンビが発生した時点で護身用に渡されたんだ」

「そ、そうなんだ」

「一個手にはいればあとは簡単だ。学校の近くに基地があったんでね。忍び込んで盗んできた」

 聞かなければよかったと密かに思った。

「実家は赤坂なんだろ?」

 くいっとお酒を飲み干して少女は答えた。

「生まれは赤坂だが、神奈川のハイスクールに行っててな。全寮制だったから世界が狂ったことにしばらく気がつかなかったんだ。いい機会だし里帰りしようと思ったのが1ヶ月の話だ」

「なにかきっかけがあったのかい?」

「友達が噛まれて、アタシが息の根を止めた。どうせいつか死ぬなら生まれた土地がいいな、と思っただけの話さ。それにあのラジオの放送を聞いたしな」

「六本木、だっけ?」

「ヤァ。ノーゾンビヒルズさ。最高だろ?」

「話が本当なら素晴らしいけど」

「へっ。カントリーマアムもねぇこんな汚い世界じゃ、夢でも見なきゃもったいないのさ」

「剣呑だな」

 少女はそう言いきるとやおら立ち上がって伸びをした。

「アタシはまともさ。狂ってるのは世の中のほう」

「銃をやたらめったら撃ちまくる女の子が正常だなんて認めたくないよ」

 嫌味ではなく純粋にそう思った。

「ははっ、随分いいこちゃんなんだな。死んだやつらに殺されるくらいなら、殺される前に殺す方がいいだろ?」

 にかりと白い歯を見せて笑う。年相応の笑みだった。

「老婆心ながらアドバイスしといてやるけど、世界はとっくに壊れてるんだぜ? いまさらそんな持ってたって無駄だぜ?」

 彼女は壁にかけられた防犯ブザーを指差した。

「ああ、これ」

 立ち上がって手にとって見せる。黄色い防犯ブザーだ。線をひくと、二つの電池の仕切りがなくなり轟音が鳴り響く。

「べつに警察を呼ぶためとかじゃないよ。考えがあるんだ。ゾンビは聴覚が発達してるだろ? 音で麻痺させられるんじゃないかと思ってさ」

「ふぅん。どうだろうな。アタシが見る限り奴等は気配を察知しているようだけど」

「気配?」

「そう。うまく言葉にできねぇが……」

「……」

「どうした?」

「いや、なんでもない」

 なにかつかめそうな気がしたが、もとより外に出なければ危険な目に合うこともない。間違いないね。


 月も傾き、日付が変わる頃。彼女は眠そうに目を擦って、ソファーに横になった。寝ている姿は文字通り天使のようだ。普通の世界なら輝かしい未来が約束されていただろうに、実に勿体ないことである。

 彼女から聞いた外の世界の現状は思ったよりも悲惨だった。

 まず生きている人はほとんどいない。

 数日前まで少女はホームセンターで籠城していたらしいが、そこも結局穴を掘るゾンビの出現で崩壊してしまったらしい。

 奴等は徐々に知恵をつけ始めている。

 この日本で平和が約束された場所は六本木くらいしかない、と少女は歯を見せて笑ったが、引きこもりの僕には辛い通告であった。

 なんにせよ食料がないのだ。Amazonも来てくれないこんな世界じゃ自分で調達に出るしかない。最悪だ。


 翌朝、規則正しい時間に起きてラジオ体操する僕を寝ぼけ眼でアカが見てきた。

「へい、なにしてんだい?」

「準備運動だよ。これから食料調達に行かないといけないからね。肝心なときに足がつったりしたら洒落ならないだろ。体は動かしておかないと」

「変わったやつだな。まあいい。アタシはそろそろ行くぜ。世話になったな」

 バッグを持って立ち上がる。

「あ、下まで送っていくよ」

「お構い無く」

「というのは建前でこれから僕も外出しようと思ってるんだ」

 二人連れだって階段を降りる。冬に向けて寒くなる秋の空は人類が滅んでも変わらず澄んでいた。



 エントランスから外に出て、少女が昨日と同じようにボタンを押すと、レクサスが機嫌良さそうにロックを解除した。

「そういえば車のガソリンは大丈夫なの?」

「それが大丈夫じゃねぇんだ。もうすぐ切れそうでよ。せっかくいい車を手に入れたのにまた乗り換えなくちゃならない」

「近くに災害時対応型給油所があるよ」

「……なんだそれ?」

「緊急用の可搬式ポンプが整備されてるガソリンスタンドのことで、地下に垂らしたホースから手動で給油ができるんだ」

「操作方法わかるのか?」

「たぶん大丈夫だと思う」

「乗りな」

「いや、ガソリンスタンドの場所だけ教えるからさ」

「乗れよ」

 親切が仇となった。

 ここで別れようと思っていたのに、結局彼女に手を貸すことになってしまった。

 ため息をついて助手席に座る。シートベルトをしっかり閉めて、僕は可搬式ポンプの操作方法を頭の中で反芻した。


「そういえば、あれから少し考えたんだけどさ」

 ゆったりとしたスピードで車が走り出す。穏やかな午前中だった。ベランダでティータイムと興じたい気分だが彼女はそれを許さなかった。

「あれってのはいつだ? アダムとイブが知恵の木の実食ったときか?」

「昨日の会話だよ。ゾンビは気配を察知するってやつ」

 どうでもいいうんちくを思い出したが、ゾンビの由来はアフリカ地方のブードゥー教であり、ポコと呼ばれる司祭が死者を甦らせ、奴隷として使役するという言い伝えから派生したものだと聞いたことがある。

「気配ってのは具体的なんなのか、わかる? もしそこがはっきりすれば命の危険を感じずにくらしていけるかもしれない」

「さあ、奴等の目がサーモグラフィーになってんのかと思ったが濁ってるからな。とてもまともに見えるようには思えねぇけど」

「サーモグラフィー?」

「水のなかに入るとやつら追ってこれないんだ。体温を感知してんのかもな」

「本当か?」

「ああ。一回もうダメだってなったとき屋内プールを移動したら助かったことがあるんだ。まぁ、ワタシ以外のやつは頭食われてたから、違ったみたいだけど」

「プール、水か……」

「どした?」

 凶暴になり、人を襲う。

 水を怖がる。

 人が変わったような症状をみせる狂犬病はゾンビ伝説に拍車をかけたと耳にしたことがある。

 もちろん僕らを取り囲む現況は狂犬病という知られた病気ではないけれど、少なくとも一つの可能性としては考えられるだろう。

「へい、奴等の死んだ生態系なんてどうでもいいんだぜ。んなことより、エネルギーなくちゃ人は前に進めねぇんだ。それは車もおなじなんだぜ?」

「わかったわかった。次の突き当たりを右ね」


 案内に従って、車はかつて国道だった荒れた道を走り出す。広い道路だが、大破した車が何台も連なっているので走行しづらかったが、彼女は歩道や脇道を活用し、器用に進んでいく。

「へい、見ろよ」

 彼女が指差した先に歩道をさ迷う子供のゾンビがいた。ランドセルを背負っているが、頭が半分無かった。

「あんな小さい子までゾンビになるなんて……」

「ははっ、なにを寝ぼけたことを言ってやがる。ゾンビに大人も子供もねぇだろ。アタシの道を塞ぐ奴等は等しく邪魔」

 彼女はアクセルをふかした。

「おい、避けてけよ」

 急加速のGに引っ張られてシートに押し付けられる。

「めんどくせぇ、あれくらいならぶっ飛ばしたほうが早いだろ」

 なんて極端な考え方だ。

 実に楽しそうに、にこにこと片頬を吊り上げながらぐんぐんゾンビに近づくが、数メートル行ったところで、

 ピピッ、と鳴り、

「?」

 ゆっくりと車は停止した。

『自動ブレーキが働きました』

 女性の機械音声のアナウンスが流れる。

 静かな車内で気まずい沈黙だけが流れた。



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