1 久しぶりのお外
怖くはないし、残酷な描写はないと思います。
始まりは薬品工場の大規模な爆発事故。漏れだした謎の薬品が小さな村の水源へ垂れ流されて、その汚染水を飲んだ村人がゾンビに変わっちゃったから、さぁ大変。
噛まれた人もたちまちゾンビになってしまうので、あっという間に日本はゾンビ大国になってしまった。
ちなみにゾンビは歩く死体のことで、最近じゃ元気よく走り回ったりするから、厄介なことこの上ない。
話は変わるが、プレッパーズという連中のことをご存じだろうか。
アメリカの変わった人たちのことで、彼らは平和な時代から世界の終わりに備えて準備をしてきた。たとえば核戦争に備えてシェルターを買ったり、 天変地異に備えて食料を備蓄したり、すなわちゾンビ対策もばっちりだったわけだ。
平和ボケしすぎた日本では全く共感を得られない連中だったが、大学の単位を落としまくって暇の極みの僕は彼らの活動になんだかものすごく心が惹かれ、何となしに二ヶ月分の食料を買い込んで、あらゆるシミュレーションをこなしていたら、偶然的にも感染爆発が起こってしまった。
政府の対応は何もかもが後手で、気づいたときには遅かった。死にたくないからって感染を隠すやつとかのせいであっという間に首都は壊滅し、僕らの日常は崩壊した。
さて日本を含めて世界が静かになるまで三ヶ月ほどかかったが、その間僕が何をしていたかというと、特になにもしていない。
電気が通っていた頃は毎日楽しくFPSを楽しんでいたが、電気設備が止められてからは家にある漫画を読み返したり寝たり、絵を描いたり、双眼鏡でベランダから町の様子を観察したりして暇を潰していた。
ゾンビだって死体だ。ほっとけば骨になる。冬は数ヶ月かかるが、幸いにして季節は夏、数週間も待てば人類が限りなくゼロになった世界を楽しめるわけである。僕は奴らが歩けなくなるまで待ってから外に出ることに決めていた。
食料がつきたその日、世界が崩壊してから僕は初めて町に出た。
とりあえず食料確保しよう。
蝉時雨は止み、少し肌寒い秋風が吹く。人類がゼロに近づき、自然が本来の姿を取り戻しつつあるのが、肌でわかった。
廃墟と化した町を近所のスーパーマーケットを目指して歩き始める。
気分的には考古学者だ。僕が住んでいた町はもとから人気はなく、老人と静寂が支配する町だったが、世界中にゾンビが溢れて、いまじゃ完全に沈黙してしまった。
車が爆発したのだろう。黒こげになったBMWが銀行の壁をぶち破っていた。銀行強盗だとしたら間抜けとしか言いようがない。資本主義は崩壊し、今の地球を支配しているのは暴力と食欲のみだ。お金なんて便所の紙にもなりやしない。
コンビニがあった。まだ皆がまともな頃、よくポテトサラダを購入したもんだが、店員不在な今は万引きし放題だ。
グラセフよりも無秩序な世界をエンジョイしようと買い物かごを手に取ったとき、奥の商品棚がドミノのように倒れた。
「あー、まじか」
ゾンビがいた。
生前はきっと美人だったに違いない。青と白のシマシマの制服を着た茶髪ゾンビが「うーうー」いいながら僕の方に手を伸ばし、足元の棚に躓いて倒れた。噂通り知能は低い。ただれた皮膚にはたくさんのウジ虫が這っていて気持ち悪さを強調している。
正視にたえないが目をつぶっている間に彼女のランチになるのはごめんである。
床にボタボタと血液と一緒にウジ虫が落ちた。血だまりの中をぐねぐねと幼虫が動いている。
ウジ虫はハエの幼虫だ。死体の死亡推定時刻を測る目安にされることがあるくらい、どこにでも湧く。
死体は二三日で腐敗し、異臭を放つ。ハエは好物の臭いにつられて死体にたかり、卵を産み付けるわけだ。卵が孵りウジ虫が死体を食べサナギになって成虫になる。その間約二週間。ウジ虫に食いつくされていないところを見ると彼女は死後(死中?)二週間足らずなのだろう。もう少し早く出会っていれば彼女とロマンスを演じることができたかも知れないのに。
「うがぁ!」
ボロボロの声帯を震わせて彼女は叫んだ。何て言ったのかわからなかったが、お弁当温めますか? ではないのは確かである。
そういえば医療用のウジ虫が遺伝子操作で生まれたとずいぶん前にネットのニュースで見たことある。そいつは悪い皮膚を食べて、肌の新陳代謝を促すそうだが、もう少し早く開発されていれば、あるいは彼女は美肌を取り戻していたかもしれない。
「がぁぁぁああ!」
元気一杯駆け寄って来たので、顔面に鉄バットを叩き込む。この程度の武器なら家に備えてあった。がきん、といい音がして、床に仰向けに倒れこむ。歯が砕けていた。念のためもう一発頭に叩き込む。直接ゾンビと会うのははじめてだったが、シミュレーションはばっちりだ。頭蓋骨が割れ、脳を完全に破壊すれば、映画同様奴等は動きを停止する。
「……さてと」
ショッピングショッピング。
普通の人なら躊躇なく他人を鈍器で殴るなんてできないだろう。
だけど、プレッパーズは違う。身内だろうと感染源は容赦しない。そういう風に心構えを作ってきた。
作ってきたはずなのに、どこか胸が傷んだ気がしたので、静かにそっと彼女の冥福を祈ってあげる。
まあ想像していた通りだったが、店内にはろくなものが無かった。震災後の方がまだものがあったぞ。食料なんて一切ないので雑誌のラックのちょっとエッチな本を万引きして帰ることにした。
どうやら屋外のゾンビは直射日光や外気温によって朽ち果てたらしいが、屋内にはまだ生き残り(?)のゾンビが多数いるらしい。
参った。困った。お腹へった。
正直ゾンビよりも僕が抱える一番の問題がそれだった。
あとは道なりに進めばわりかしでかめのスーパーマーケットがあるが、コンビニがこんな状況だと正直期待薄だ。
でも、このままではゾンビに噛まれるよりも先に餓死してしまう可能性の方が高いので行くしかない。文字通り背に腹は変えられない。体力が落ちる前に食料を確保しなければ。虎穴に入らずんば虎子を得ず、というやつだ。
近くに倒れていた自転車があったので、起こしてサドルにまたがる。ラッキーだ。とりあえずに手に入れたママチャリに「石橋」と名前をつけて、スーパーマーケットに向けてペダルを漕いだ。




