《変なイキモノだったら》一章
どうやらソファで寝てしまっていたらしく、時計は十二時を回ったところだった。
玄関から聞こえるノックの音にアクビを噛み殺しながら出ると、そこにはラヴィ・マクボイがダンボールを抱えて立っていた。
「やぁ、シン」
爽やかな笑顔を浮かべたこの青年は三ヶ月前、初めてこの世界に来た際に出来た友人で、トランクス一丁でノバイン港への道を彷徨っている哀れで疲労困憊の俺に声を掛けてくれただけではなく、正しい道順とジーンズを与えてくれた恩人でもあった。
「マスク無しで失礼するよ」
玄関先にダンボール箱を置いて汗を拭うラヴィは俺と同じ二十六歳で人間界の出身、現在は奥さんであり魔女のシェイド・マクボイと共にこの世界で暮らしていた。最近では世界を超えての結婚は珍しくないらしい。
「マスクなんて煩わしいだけじゃないか?」
「確かにそうだけど、慣れちゃうと意外と悪くないよ」
そう笑うラヴィはオーストラリアの生まれだったが、互いに人間界出身ということですぐに親しくなった。
ちなみに彼は人間でありながら多少の魔法も使え、マスクは【割れ卵に金貨】という、なんというか、商人らしいマスクだった。
「この前買ってきてもらったソウユのお返しをしようと思ってウチの店から幾つか見繕ってきたんだ。お菓子でしょ、パスタでしょ、芳香剤でしょ……ああっ、ベジマイトを忘れてきちゃったから、次の機会に持ってくるよ。あとは、これはサンダル。ピンクだけどシンの大きさしかなかったから使ってよ」
ラヴィはシェイドと共に、この近所で『カラスと豚金貨』という風変わりな名前の雑貨店を営んでいて、様々な人間界の商品を取り扱っている。特に百円ショップで売っているようなアイディア商品が人気なんだとさ。
「それを言うならソウユじゃなくて、ショウユな、醤油。ソイソースと混じってんぞ」
「それそれ、I'll show youって覚えておけばいいかな? シェイドが気に入っちゃって、パンにつけて食べているんだ」
「いや、英語わかんないから。あと醤油を? パンに?」
俺はピンクのクロコダイル型サンダルを手にとりながら笑った。
「ところでお嬢ちゃん達は元気?」
「よく食べてよく寝てる。元気過ぎるよ」
「そりゃ忙しそうだね。でも、もうこっちの世界には慣れたでしょ? 時間ができたらシェイドが遊びに来いってさ。この前、シンから聞いたニンジャの話をしたら興味が湧いちゃったらしくて、詳しく話を聞きたんだって」
ラヴィと始めて出会った時、彼は俺が日本人だという事に気が付くと『ニンジャ』について熱く語り始めた。諸外国特有の間違ったニンジャ像だったが彼を責める事は出来ない。
俺もオーストラリアにはコアラとカンガルーしかいないと思っていたし、首都はシドニーだと思っていたくらいだから。
そんなラヴィのニンジャ感が面白かった俺は、ついその話に乗っかってしまって、最終的に俺が忍者の末裔というところまで話が捻じれると、ラヴィは「oh my...」と言葉を失いながら目を輝かせていた。
「シェイドにも会いたいし近いうちに遊びに行くよ。今夜、人間界へ帰る予定だけど、その後は時間が取れるだろうからさ。あと、またニホンの商品も幾つか持ってくる」
「ありがとう、助かるよ。あと、もう一つ相談というかお願いがあるんだけど、三日ほど時間が取れる日があったら教えて欲しいんだ。ちょっと出かけたい所があってね」
「それは構わないけど、どこに行くんだ?」
「僕と一緒にヘンリクスへ飛んで欲しいんだ」
ヘンリクスとはこの国から西に行ったところにある伝動石の産出地帯だった。魔力を貯留する性質に加え、仄かな温かさと輝きを放つ伝動石は装飾品としても高い価値を持ち、その八割以上がヘンリクスから掘り起こされて各国に輸出されている。
この世界の生活を支えている重要な鉱石でもあり、スネイル家で使っている伝動石も全てヘンリクス産だ。
人間の世界でいうところの……バッテリーとか電池とか、そんな感じだろうか。
「店で伝動石でも扱うのか?」
「詳しい話はまた後でするよ」
彼はそう言うとホウキに跨って飛んでいった。
……やっぱりホウキで飛ぶほうがしっくりくるよな。




