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《草を食べるな》四章

 そして五分ほどの空中遊泳を終えると、港から程近い丘の上へと降り立った。

 木製の看板には《オーリンバ地区》と書かれていて、港前より家の密集度は高くなくポツポツと一軒家が並んでいる閑静な場所だったが、道が整備されていないからだろう、家々は孤立しているように感じた。

 そして小高い丘からは複雑に絡み合う港街の様子が見て取れる。

「あそこがスネイル家ね」

 サキがタクトで指した先にはゴシックかロマネスクか様式の検討もつかないような家だったが、なんとも立派な一軒家が建っていた。

「これから慎吾は三人の保護者として頑張ってもらうから」

 その言葉に太もも擦って温めていた俺は顔を上げた。

「は? 保護者? いや、ちょっと待て、どういうことだ?」

「そういう保護プログラムがあるのよ。帰りはノバイン港のカウンターから帰ってこれるから、良いチチオヤになってねっ!」

 サキはそう言うと、俺の言葉を待たずに飛んでいった。

 ………おい、おい、おい、おーい。

 おい、マジで帰りやがったぞ、もうちょっと説明してくれないと。


 それから五分ほどサキが飛んでいった方角を眺めていたが、このままだと埒が明かない事を認識した俺は仕方なく、スネイル家のドアをノックした。

「あのぉ、すみません」

 ………返事は、無い。

「すみませーん、誰か居ますか? ボクは川津慎吾という者で……」

 しばらくしてドアがゆっくりと開くと、中から一人の少女が姿を現した。

 銀色の髪とブルーの瞳、スネイル家の娘だろうか。

「こんにちは、ボクは娘さん達の世話をしにきた川津という者なんですが、ここがスネイルさんのお宅でよろしいでしょうか?」

 そう問うものの、少女は俺を見て固まっていた。

 いや、正確に言うと布切れ一枚だけで覆われた下半身を見て止まっていた、と言う方が正しいだろうか。

 ちなみにトランクスには可愛らしいネコがプリントされていて、そのネコの口から伸びる吹き出しには『nya nya!』と書かれているファンシーなモノだったが、少女の敵意にも似た視線を感じた時、ああ、この世界でもパンツ一枚の成人男性は不審者と呼ばれるべき存在なのだなと認識しながら、眼前で弾ける《鼻先に満つ爆の香り》の魔術で後方に五メートル程、吹き飛ばされた。

「ちょ、ちょっと待って、ボクは悪い人間じゃないよ。君の面倒を見るようにと言われてきたんだけど、話は聞いているよね?」

 涙目で鼻を押さえながらの事情説明に二発目をぶっ放そうとしている少女はタクトを収めたが、辺りに立ち込める血生臭い匂いと鋭い視線はそのままだった。

「アナタがそうなの?」

 そう、そうなんです、下半身が可愛いパンツ一枚なのはちょっとしたワケがあるだけで、決して怪しい者ではないんです、との弁明に少女はフンッ、と鼻を鳴らして家の中へと戻っていくと再び静寂が訪れた。

 ……これって、入っていいって事だよな?

 そして辺りに散らばっている野菜と肉のパックを拾い集めていると、どこからか声が聞こえてきた。

 野太い、男性の声、誰?

「それ、可愛いじゃないか」

 この方に視線を向けると、そこには一匹の猫がいた。

 黒色で、ころころと太っていて『マル』なんて名前がついていそうな猫だった。

「ネコの絵がとても良いと思うよ、ボクは好きだな、良かったら譲ってくれないかい?」

 ……猫もか、マジかよ、なんでもありか。

 トランクスを絶賛するデブ黒猫に半ば混乱しながら、俺はスネイル家へと逃げ込んだ。

「おじゃましますぅ……って、うおぇぇ!」

 薄暗い玄関には奇妙なマスクが二つほど掛けられていて、その下の飼育箱には明らかに毒を持っていそうなグロテスクでキモチワルイ蟲が飼われていた。

「エサ、ホシ、コ、ナイ」と鳴いている。

 なんだよ、もう。お化け屋敷かよ。オカシイよ、この家。

 そして玄関の正面には二階へと続く階段、その手前にはリビングと思わしき空間があり、その奥にあるキッチンのテーブルには三人の少女達が座っていた。

 先ほどの銀髪の少女とメガネを掛けた少女、更には黒髪の少女が、何かを食べている。

 彼女たちがスネイル家の三姉妹なのだろう。

「あのぉ、もしかしてお食事中でした?」

 近づくとテーブルの上には大量の野菜らしきものが乗っていて、三人はそれを一心不乱に頬張っていた。

 ドレッシングもかけず、ただ無言でモッシャモッシャ、モッシャモッシャ……。

「何を食べているのかなぁ?」

「見てわかんないの? 草」

 わかんないから聞いて……くさ?

「なるほど草かぁ、美味しいのかな?」

 そんな質問におそらく一番年下であろう黒髪の少女がテーブルの草を鷲掴みにして目の前に差し出した。

「俺に? くれるの?」

 黒髪の少女は俺の目を見たまま無言で頷いた。

 ……いや、いらないんだけど。

 しかし、無下に断ってしまったら彼女達を傷つけてしまうかもしれない。それに見た目はともかく、この草、美味しいのだろう。そうじゃなかったらあんなにムシャムシャ食べないもんな。

「そ、それじゃあちょっとだけ貰おうかな………………ヴォエッ!」

 差し出された手前、口に入れたが本当にただの草じゃねーかよっ! 

「だから言ったでしょ、草だって」

 君達はウシ科の何かですか? 草食系ですか? ウォエッ……口の中が草クサい。

 口内に広がるシンプル過ぎる緑味と、鼻に抜ける草刈り臭に思わず吐いてしまった。

「そんなにマズイでしょうか?」

 メガネの少女が草をワシワシと食べながら尋ねてきた。

 はい。俺は草食動物でも昆虫でも無いので、クソ不味いです。よく食えるな。

「あのさぁ、いくらハラ減っているからって草はちょっと無いと思うんだけど? 誰かこの中に料理をできる人は……って居たら草を食ってないわな、よし、待ってろ」

 俺はビニール袋からジャガイモや人参、玉ねぎを取り出すとキッチンに立った。

 ナイフはあるし、鍋もある。しかし焜炉にはガスを供給する装置が無く、中央に小さな石が置かれているのみで、どうやって着火するのかがわからなかった。

「あのぉ、これ、どう使ったらいいんですか?」

 相変わらず草をムシャっている銀髪の少女は面倒くさそうにフォークを振った。

「叩けば共鳴しますよ」

 メガネの少女がそう教えてくれたので、置かれているナイフのむねでその石を叩くと赤く熱を帯びた。

 凄いけど、どうなってんだこれ?

 そしてジャガイモや人参の皮を剥いて玉ねぎを切って油を引くと鍋で炒め始め、その香りが台所に広がり始めると三人の少女は草を食べるのを止めて、俺の調理している姿をじっと眺めている。良い匂いだろ、これが、クッキングだっ!

 そのテーブルに乗っている草なんか捨てちまえ、捨てちまえ。草食うな。

「そういえば名前を聞いていなかったよね。俺は川津慎吾、二六歳だ。良くわからないけれど、君達の面倒を見るようにって言われてきたんだ。魔術師じゃなくて人間だぞ」 

 木ベラで具材をかき回しながら自己紹介をする。

「ガロット・スネイル、十六歳」

 銀髪の少女は草をゴミ箱に放り込みながら、そう自己紹介してくれた。

「私はルイゼット・スネイル十四歳です」

 メガネの少女が続く。

「………………」

「ガロットちゃんに、ルイゼットちゃん……あれ? もう一人居るよね?」

 そう思って振り返ると、テーブルには二人の姿しかなく、どこに行ったのかと思ったら、黒髪の少女が俺の隣でトランクスの裾を握っていた。

「君の名前を教えてくれるかな?」

 屈んで問いかけるも、その少女は美味しそうな匂いの放つ鍋に興味を示していて、俺の話などまったく聞いていないようだった。

「鍋の中、見る?」

 そう尋ねると、彼女は小刻みに何度も頷いた。

 わき腹を抱え、鍋の高さまで持って行ってやると、パタパタと足を動かしながら目を輝かせている。おい、動くなって、落ちるから。

 それに緑色のヨダレがっ! バッタじゃないんだからっ! 

「今カレーを作っているんだよ」

「…………かれー?」

「知っている?」

 腕の中で彼女はフルフルと首を振った。

「…………ギィ」

「ん?」

「…………なまえ」

「あ、名前ね。ギィちゃんって言うんだ?」

「…………ギィはギベット・スネイル、九歳」

 手に伝わる細い肋骨の感触と、軽い体重。

 その明確な異物が俺の生活に組み込まれた時、保護者としての生活が始まった。

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