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《灰色の砂》三章

「おいっ、ギベットッ! 居るなら――」

「あのぉ」

 シャツの裾を引っ張られる感触に視線を下げると、そこには男の子が立っていた。

「ギベットちゃんのお父さんですかぁ」

 その男の子は……確か、ギィのクラスメイトだ。

「君は、確か……カラバくんだったよね? ギィはどこにいるかわかる!?」

「あのぉ、ボクはカリバですぅ。よく間違われるんですよねぇ」

 んな事はどうでもいい。ギィはどこにいるんだ?

「えっとぉ、ギベットさんとトトアさんは、たぶん、部屋にいるんだと思いますぅ。呼んだんですけれど、今は忙しいからって来なかったんですぅ」

 ……トトアちゃんも?

「何号室だ?」

 俺がそう言うと、カラバくんはカバンの中から遠足のしおりを出して俺に渡してきた。

 急いでページを捲る…………二〇五号室っ!

「カラバくん、本当にありがとう」

「あの、ボクは――」

 俺は船内見取り図を確認すると、その広さに殺意を覚えながら階段を駆け下りた。

 ……ギィ、なんで避難していないんだよっ!

 そして二〇二、二〇三、とだいぶ近づいた時、再び大爆発が起きた。

 体が浮き上がるような感触、胃袋の奥底に響く振動。激しく壁に叩きつけられると視界が歪んだ。呼吸すらままならない。そして連続した衝撃が床を伝って全身を震わす。

 重厚な窓ガラスが割れると冷たい空気が流れ込む。頬にはむず痒い感触と鈍い痛みが広がる中、俺は悪態を吐きながら立ち上がると二〇五の扉を開けた。

「ほら、あそこの人、腕が千切れても動いていますよ。とても面白いですね」

「…………おおっ」

 小娘達は窓際に持っていった机の上から空戦を眺めているようで、その光景に俺は過去最大級で濃密な溜息を吐いた。

「おいっ!、お前達、何をやってんだよっ!」

 振り返ったギィは目を丸くした。

「あら、ギベットさんのお父さまじゃないですか?」

「…………あれ?」

 あれ? じゃないよ、全くっ!

「何してんだよ? もう避難は始まっているんだぞ?」

「外の景色を眺めていたんです。あっ、ギベットさん、今度は親知らずが何かを食べていますよ?」

「…………おいしいのかな?」

 ふうううううっ!

 親の心、子知らずとはこういう事を言うのだろうか。

「お前ら、もう行くぞっ!」

 俺は二人を両脇腹に抱えるとクソドアを蹴飛ばした。

 流石に二人、しかもギィはピョロとデモロンが詰められたカバンを背負っている為、かなり重たいが今はそんな事を気にしている場合ではない。

「うわぁ、ギベットさんのお父さんって力持ちですね」

「…………おもしろい」

 キャッキャ、キャッキャと楽しそうなクソガキ共を抱えてながら階段を一足飛びで駆け上がる。太ももと心臓が破裂しそうだ。

 そして三階分の階段を登り終えた先の踊り場で一息ついていると気配を感じた。

 顔を上げると野盗であろう、貧相なマスクとボロボロのローブを着た魔術師が両手いっぱいの盗品を持って立っている。

「いやぁたんまりだぜぇ」

 そして貧相な男は俺に気が付くと触媒を取り出そうと腰を探り、その拍子に手にしていた盗品が奴の足の上に落下した。

「ぐあっ! な、なんだお前っ!?」

 こっちのセリフだっつーの。

 そのスキを突いて逃げようとした俺の背中に転変魔術である《鈍い石の塊》が命中した。

 幸い体勢が整っていない状態での魔術だったので強度は高くなかったが、振り返るとキチンと触媒を構えた野盗の姿があった。

「その首ぶっ飛ばしてやらぁ」

「あら、あの方、首をぶっ飛ばすらしいですよ、ギベットさん」

「…………どうやるんだろ?」

 お前らは黙ってろっ!

 しかし奴は魔術を放つことはなく辺りをしきりに見渡しはじめ、直後に俺も異変に気付いた。

 ――なんだ?

 この脳を、蕩けさせる、甘い香りは…………ヤバイッ!

 その理由に俺もすぐに気が付き、慌てて息を止めた。

「遅くなって申し訳ございません」

 上階から濃密な媚香を纏ったスゥ婦人が数人の正気を失った下僕を連れてやってきたのだった。気圧差をものともしない、滑り気のある香りが周囲に広がる。

「慎吾様、お久しゅうございます」

 そして、魔術の残り香によっていとも簡単に心を奪われた野盗は、女神にでも出会ったかのようにスゥ婦人の前にひれ伏した。相変わらず、恐ろしい香りである。

「貴女様のご命令ならなんなりと」

 貧相男は人差し指と親指を合わせると自らに向けた。

 ……男にとって完全なる降伏である。

「そうですね。我が娘にその薄汚い触媒を向けた咎、償ってもらいましょうか」

 スゥ婦人はそう言うとガラスが割れた窓枠を指さした。

「はいっ、喜んでっ!」

 陶酔している男は嬉々とした表情のまま、窓から外へと身を投げた。

 ……男にとって完全なる幸福である。

 男の愉悦混じりの叫び声を聞きながらスゥ婦人は俺の前へとやってきた。

「トトアを助けて頂いて、本当に有難うございます」

 そして俺にホウキを手渡した。

「……これって」

「ルイゼットさんから預かりました。勝手ながら私どもの方で魔力を注入してあります」

 スゥ婦人の下僕の一人にトトアちゃんを渡して、俺がお礼の言葉を述べようとした瞬間、この飛行船に壊滅的打撃を与える事となる大規模な爆発が起きた。

 鼓膜を掻く音が船を包み込んだ瞬間、目の前で船体が半分に避けてスゥ婦人達のいる階段の部分が軋みを伴いながら滑落。目の前には青空が広がった。

 慌てて下を覗くと、滑落した踊り場からスゥ婦人達が飛び立つのが見えた。

「良かった、トトアちゃん達は無事みたいだ」

 俺はギベットを抱えてホウキに跨った。

 ――もうこの船も時間の問題だろう。

 しかし、そう考えていたのは俺だけではなかった。

 この時、船尾の格納庫では独立烈士隊と空軍の間で最後の交戦が続いていた。そして、敗北を悟ったヘンリクスの兵達は、予定よりも早く計画を実行することを決めたのだ。


つまり、伝動石に蓄えられた膨大な魔力を以て、災厄を……生み出しだのだ。

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