《灰色の砂》二章
俺はガロと共にホウキに跨りながら黒林と灰海の境界線上を飛んでいた。傍らにはルイが不安そうな表情で並走している。
「そろそろ見えてもいい頃なんですけど……」
空を見上げるとシンテイ空軍所属のガミンチュ隊とグロンチュ隊が目を光らせていて、眼下では多種多様の霊獣に跨った陸軍も砂煙を上げながら進んでいる。
「私はさらに上空を探してみます」
ルイが俺達を残して上昇してから少し後、ガロが叫んだ。
「掴まってっ!」
手に力を込めながら前方に視線を送ると、そこには無数の影が浮かんでいて、それには見覚えが合った。
その大鎌を携えた黒い影は転変魔術である《肉体を別つ》だった。
「……致死魔術? ウソでしょっ!?」
そんな影を生み出していたのはヘンリクスの全兵力、一二八人もの独立烈士隊だった。
ガロはその光景に驚愕しつつ、次々と放たれる致死魔術に蛇行回避をとった。ルイならまだしも、攻撃系の術者であるガロでは致死魔術を受け切れるだけの防御円は張れない。
「きょ、強度が高すぎるわよっ!」
上空ではシンテイ空軍も《貫く致命の羽》などで応戦を始め、ここに戦端が開かれた。
暗い糸を引く射撃戦が終わると、一気に間合いを詰めての近距離船へと移行した。そんな目まぐるしく変化する戦況に素人の俺達がついていけるはずもなく。
「ガロ、ここは距離を――」
「無理かも……」
気が付くと俺たちの前には数人の魔術師が触媒を構えていた。
「受けきれなかったら、ごめんね」
ガロはそう言うと制御魔術の防御円を広げたが、見るからに脆弱だった。
そして鈍い光を放つ触媒が向けられた瞬間――
俺達の背後から飛んできた転変魔術である《頭骨拾い》によって、自警兵達の首は安定を無くした。ゆらりと崩れた肢体は力なく砂へと飲み込まれていく。
振り返ると、そこには十数人に及ぶ一団が飛んでいた。安堵したのも束の間、それが味方でないことを知る。
「売れるものは何でも掻っ攫えっ!」
先頭にいた魔女がそう叫ぶと、後方の数十人に及ぶ魔術師達は悦なる叫喚をあげた。
「今度は何よっ!?」
それは灰海を拠点とする野盗集団『影楼閣』の一団で、【朽ち黒龍頭】のマスクと、触媒であるデデダラ兎の足を持った魔女の声には覚えがあったが、次々と放たれる致死魔術に久しぶりの邂逅は妨げられた。
「奪えっ! 全部奪えっ!」
錬成と制御の複合魔術である《動く虚栄》は自らの影分身を作り出す上級魔術で、みるみる野盗の数は三倍ほどに膨れ上がった。
ガロは慌てて不得手な防御円を纏わせながら一気に下降したが、魔力の枯渇が近づいてきているのか、その顔は青ざめていた。
「ガロッ、一人で飛んだほうがいいんじゃ?」
すでにこのホウキの魔力も底を尽いていた。
更に風に乗って腐敗臭と魔女の咽び泣く声が流れてくると事態は悪化した。
「さいあく」
ガロの悪態に全面同意だ。
黒林から現れた親知らずの介入によって至る所で声と身体が弾け、赤い雨が滴る。
――混乱。
後に『灰海の動乱』と呼ばれた局地戦は激しさを極めていた。
鋭い牙、吹き飛ぶ肉塊、空気を揺らす咆哮、炎や雷撃の熱、焦げた匂い。防御円を纏いながら尾を追う空中戦はやがて一つの塊となり、無数の命が砂に呑まれていった。
ヘンリクスの独立烈士隊、シンテイ陸空軍、黒林の親知らず、そして灰海を拠点とする影楼閣の四つの勢力がぶつかった過去に例のない、陰惨な乱戦だった。
「高度を維持したまま防御円を纏え、上を取らせるな」「ど、どれが敵だかわからんっ!」「陸軍は霊獣の展開急げっ」「アハッ、奪えっ、何でもいいからぶん取れ!」「親知らずに気を取られるな」「ガミンチュ隊の半数が焼失!」「早くっ、防御系術者は前に出ろっ!」「尻に着かれる――って隊長、前に親知らずがっ!」「指揮官を見誤るなよ、確実に首をはねろ」「もう後には引けないんだっ! ヘンリクスに独立をっ!」「戦場は空だっ! 飛んでくれよっ!」「お、落ちる、誰か手を――」
その無残な光景を見ても俺には恐怖心は湧いてこなかった。ただギィの安否だけが気になっている。そして――
「上、上に飛行船がっ!」
耳元で弾けたルイの《音飛ばし》に顔を挙げると、雲の向こう側、眩い太陽の中に黒い影があった。三機の随伴船に守られるように飛んでいる大鴉。
「「ギィッ!」」
俺とガロの声が重なった直後、垂直に近い角度で彼女は上昇し始めたが、柔らかな頬に伝う鼻血は魔力の枯渇を意味していた。
俺たちの上昇に気が付いたルイも急降下して、降りかかる致死魔法をその防御円で弾く。
「あの船だよね?」
ルイが指した先には他の飛行船の二倍はあろうかという大鴉が浮かんでいた。
「ああ、あれだ」
「行くわよ……」
ガロは雑に鼻血を拭うと、大鴉へと鋭い視線を向けた。
「ガロ、お前はもうここを離れろ」
彼女は既に肩で息をしている状態だった。
「いやだ……アタシも行くからっ!」
「もう魔力も無いんだろっ!? 大丈夫、ギィは俺とルイで助け出すから」
そういうと、ガロは血に染まった唇を震わせながら俺をルイに託し、苦しそうな表情で『おねがい』とだけ口を動かすと、戦線を離脱した。
この頃になると影楼閣の一団やシンテイ空軍が随伴船や大鴉に取り付き、激しい戦闘が始まっていた。船内の至る所から発光と白煙が漏れ、操舵不能になった随伴船は黒林方面へと流れている。
「お姉ちゃんみたいに早くは飛べないけれど、一気に近づくから」
ルイはそういうと俺の冷え切った手を握った。
大鴉に近づくと、既に何人もの乗客は避難しているようだったが、そこには子供の姿はなかった。飛行が不慣れな子供たちはまだ船内にいるのだ。
「ルイ、俺が船内に行く」
その言葉を受けて握っている手に力が込められた。
「私も行きます」
「いや、ルイはここで待機をしていてくれ」
船内ではヘンリクス独立烈士隊と空軍の戦闘が行われていた。万が一、ルイが負傷するようなことがあっては、この上空から生還できないだろう。
開けっ放しになった幾つものドアからは野盗達が荷物を運び出しているところで、俺はルイに頼んで飛行船の後部ドアにつけてもらうと、そこから内部へと侵入した。
「あの子を……お願いします」
《落昇の転換》が溶けた瞬間、肌を突き刺すような寒さと体に感じる重力に誤魔化しきれない恐怖心が湧き上がった。ここは上空三千メートルの風船の上なのだ。
どうやら操舵室の制圧は終わったようで大鴉の中は静かだった。
船首へと続く重厚なドアを開けていると、背後から声が聞こえた。
「動くなっ!」
その声に振り返ると、空軍の魔女が触媒である銀のスプーンを俺に向けていた。
「待ってくれ、俺はヘンリクスの兵士でも野盗でも無い」
彼女は両手を上げている俺にボディチェックをして触媒を持っていないことを確認すると、大きく息を吐いた。
「あの、子供たちは?」
「これから順次救出を行う為、広間に集められている」
そして彼女に連れて行かれたのは、飛行船の中央部だった。
そこには数多くの子供達が座って居た。兵士と教師達が強固な防御円を展開させていた為、比較的混乱は無く、安心しているようだ。
「大人は子供二人を連れて脱出するんだ。 防御円の外側に出ないように」
「先生は各クラスの名簿で全員揃っているか確認して下さい」
そんな大人達の言葉を聞きながら俺はギィを探していた。
ギベット……ギベット……ギベット……ギベット……。
しばらくして、呼吸が荒くなる。ギィが見当たらない。
もう一度確認するが……居ないのだ。
「ギィッ! ギベットッ!」
そう俺が声を上げた直後、船尾から大きな爆発音が聞こえ、船体は大きく前に傾いた。
「格納庫にまだ残っていたぞっ! 応援をっ!」
兵士たちが触媒を片手に船尾へと向かうと、啜り泣く声が徐々に広がり始めた。
【単眼兎と皮剥刀】のマスクを被った先生を始め、防御系の術者達が生徒をピストン輸送しているが、これだと間に合わない可能性がある。
それに、なんでギィが居ないんだよっ!
……クソッ!




